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楽訓 / 巻之上・総論

世俗の樂は、其樂いまだ止まざるに、はやく我が身の苦とぞなれる。たとへば味よき物をむさぼりて、恣に飮みくへば、はじめは快しといへど、やがて病おこり、身の苦となれるが如し。凡世俗の樂は、心をまよはし、身をそこなひ、人を苦ましむ。君子の樂は、迷なくして心を養ふ。外物を以ていはゞ、月花をめで、山水を見、風を吟じ、鳥をうらやむの類、其樂淡ければ、終日樂めども身にわざはひなく、人のとがめ、神のいさむるわざにあらず。此樂、貧賤にしても得やすく、後のわざはひなし。富貴の人は、其おごり怠にすさみて、此樂を知らず。貧賤の人は、此二の失すくなし。志だにあれば、此樂を得やすし。

新字:世俗の楽は、其楽いまだ止まざるに、はやく我が身の苦とぞなれる。たとへば味よき物をむさぼりて、恣に飲みくへば、はじめは快しといへど、やがて病おこり、身の苦となれるが如し。凡世俗の楽は、心をまよはし、身をそこなひ、人を苦ましむ。君子の楽は、迷なくして心を養ふ。外物を以ていはゞ、月花をめで、山水を見、風を吟じ、鳥をうらやむの類、其楽淡ければ、終日楽めども身にわざはひなく、人のとがめ、神のいさむるわざにあらず。此楽、貧賤にしても得やすく、後のわざはひなし。富貴の人は、其おごり怠にすさみて、此楽を知らず。貧賤の人は、此二の失すくなし。志だにあれば、此楽を得やすし。

書き下し

世俗の楽は、其楽いまだ止まざるに、はやく我が身の苦とぞなれる。たとへば味よき物をむさぼりて、恣に飲みくへば、はじめは快しといへど、やがて病おこり、身の苦となれるが如し。凡世俗の楽は、心をまよはし、身をそこなひ、人を苦ましむ。君子の楽は、迷なくして心を養ふ。外物を以ていはば、月花をめで、山水を見、風を吟じ、鳥をうらやむの類、其楽淡ければ、終日楽めども身にわざはひなく、人のとがめ、神のいさむるわざにあらず。此楽、貧賤にしても得やすく、後のわざはひなし。富貴の人は、其おごり怠にすさみて、此楽を知らず。貧賤の人は、此二の失すくなし。志だにあれば、此楽を得やすし。

現代語訳

世俗の楽しみは、その楽しみがまだ終わらないうちに、早くもわが身の苦しみとなります。たとえばおいしい物をむさぼってほしいままに飲み食いすると、はじめは快いといっても、やがて病気が起こって身の苦しみとなるようなものです。およそ世俗の楽しみは、心を迷わせ、身をそこない、人を苦しめます。君子の楽しみは、迷いがなく心を養います。外物で言えば、月や花を愛で、山水を眺め、風を吟じ、鳥をうらやむ類は、その楽しみが淡いので、一日中楽しんでも身に災いがなく、人のとがめや神のいさめを受ける行いでもありません。この楽しみは貧賤でも得やすく、後の災いもありません。富貴の人は、おごりと怠りにすさんでこの楽しみを知りません。貧賤の人はこの二つの失敗が少ないので、志さえあれば、この楽しみを得やすいのです。

解説

世俗の楽しみは終わらないうちに苦しみに変わり、君子の楽しみは淡いから災いがない、と益軒は対比します。暴飲暴食のたとえは、のちに『養生訓』を書く益軒らしいものです。強い刺激の楽しみほど後に反動が来るというのは、酒や賭け事、夜更かしの経験を思えばよく分かります。月花や山水の楽しみは地味ですが、貧しくても得られ、翌日に悔いを残しません。淡い楽しみを味わえる感性を育てることが、長く幸せに暮らすこつだと言えます。

この章句が説くこと

楽しみ君子欲養生貧賤

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