楽訓 / 巻之上・総論
一心明かにして、世の理をよく思ひ知り、物に情あらん人は、我が心にある樂を知りて本とし、身の外、四の時、をりをりにつきて、天地陰陽の道の行はるゝをもてあそび、天地の内なる萬のありさまを見聞くに從ひて、耳目を悅ばしめ、心を快くし、其樂極りなくして、手のまひ足のふむ事を知らざるべし。
新字:一心明かにして、世の理をよく思ひ知り、物に情あらん人は、我が心にある楽を知りて本とし、身の外、四の時、をりをりにつきて、天地陰陽の道の行はるゝをもてあそび、天地の内なる万のありさまを見聞くに従ひて、耳目を悦ばしめ、心を快くし、其楽極りなくして、手のまひ足のふむ事を知らざるべし。
書き下し
一心明かにして、世の理をよく思ひ知り、物に情あらん人は、我が心にある楽を知りて本とし、身の外、四の時、をりをりにつきて、天地陰陽の道の行はるるをもてあそび、天地の内なる万のありさまを見聞くに従ひて、耳目を悦ばしめ、心を快くし、其楽極りなくして、手のまひ足のふむ事を知らざるべし。
現代語訳
心が明らかで、世の道理をよく考え知り、物事に情のある人は、自分の心にある楽しみを知ってそれを本とし、身の外では四季の折々につけて天地陰陽の道が行われるのを味わい、天地の中のあらゆるありさまを見聞きするにつれて耳目を喜ばせ、心を快くして、その楽しみは限りなく、思わず手が舞い足が踏み鳴らされるのにも気づかないほどでしょう。
解説
「手の舞ひ足の踏む事を知らず」は『孟子』離婁篇などに見える表現で、喜びが極まって思わず踊り出すほどの様子を言います。益軒は、心の内の楽しみを本とし、四季の移ろいという天地の働きを味わう人には、そのような尽きない喜びがあると述べます。これは特別な出来事ではなく、毎日の景色の中にある楽しみです。通勤の道で季節の花に気づく、夕焼けに足を止める、そうした小さな感動を大事にする人の人生は豊かです。
この章句が説くこと
四季楽しみ陰陽心孟子
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