礼記 / 喪服四制
三日而食,三月而沐,期而練,毀不滅性,不以死傷生也。喪不過三年,苴衰不補,墳墓不培,祥之日,鼓素琴。告民有終也,以節制者也。資於事父以事母,而愛同。天無二日,土無二王,國無二君,家無二尊,以一治之也。故父在,為母齊衰期者,見無二尊也。
新字:三日而食,三月而沐,期而練,毀不滅性,不以死傷生也。喪不過三年,苴衰不補,墳墓不培,祥之日,鼓素琴。告民有終也,以節制者也。資於事父以事母,而愛同。天無二日,土無二王,国無二君,家無二尊,以一治之也。故父在,為母斉衰期者,見無二尊也。
書き下し
三日にして食し、三月にして沐し、期(き)にして練し、毀(き)すれども性を滅せず、死を以て生を傷つけざるなり。喪は三年を過ぎず、苴衰(しょさい)補わず、墳墓培(つちか)わず、祥の日、素琴を鼓す。民に終わり有るを告ぐるなり。節を以て制する者なり。父に事うるに資りて以て母に事えて、愛同じ。天に二日無く、土に二王無く、国に二君無く、家に二尊無し。一を以てこれを治むるなり。故に父在すときは、母の為に斉衰(しさい)期なるは、二尊無きを見(しめ)すなり。
現代語訳
親の死後三日たてば粥を食べ、三か月たてば髪を洗い、一年たてば練(ねり、練り絹の冠に改める祭り)を行う。悲しみにやつれても命を損なうほどにはせず、死者のために生きている者を傷つけない。喪は三年を超えず、苴衰(しょさい、麻の粗い喪服)は破れても繕わず、墳墓は土を盛り足さず、大祥の祭りの日には飾りのない琴を弾く。これは民に喪には終わりがあることを告げるためであり、節度によって定めたものである。父に仕える道を取って母に仕え、その愛は父に対するのと同じである。しかし天に二つの太陽はなく、地に二人の王はなく、国に二人の君主はなく、家に二人の至尊はいない。一つのものによって治めるのである。だから父が存命のうちに母が亡くなれば、母のために斉衰(しさい、裾を縫った二番目に重い喪服)を一年着るのは、家に二人の至尊がいないことを示すためである。
解説
この章句が説くこと
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