礼記 / 郷飲酒義
鄉飲酒之義,立賓以象天,立主以象地,設介僎以象日月,立三賓以象三光。古之制禮也,經之以天地,紀之以日月,參之以三光,政敎之本也。 亨狗於東方,祖陽氣之發於東方也。洗之在阼,其水在洗東,祖天地之左海也。尊有玄酒,敎民不忘本也。
新字:郷飲酒之義,立賓以象天,立主以象地,設介僎以象日月,立三賓以象三光。古之制礼也,経之以天地,紀之以日月,参之以三光,政教之本也。 亨狗於東方,祖陽気之発於東方也。洗之在阼,其水在洗東,祖天地之左海也。尊有玄酒,教民不忘本也。
書き下し
郷飲酒の義は、賓を立てて以て天に象り、主を立てて以て地に象り、介僎を設けて以て日月に象り、三賓を立てて以て三光に象る。古の礼を制するや、これを経(けい)するに天地を以てし、これを紀するに日月を以てし、これを参(さん)するに三光を以てす。政教の本なり。 狗(いぬ)を東方に亨(に)るは、陽気の東方に発するに祖(のっと)るなり。洗の阼(そ)に在り、其の水の洗の東に在るは、天地の左海に祖るなり。尊に玄酒有るは、民に本を忘れざることを教うるなり。
現代語訳
郷飲酒の礼の意義は、賓を立てて天にかたどり、主人を立てて地にかたどり、介と僎を設けて日と月にかたどり、三人の賓を立てて日・月・星の三光にかたどるところにある。昔、礼を定めたときには、天地を縦糸とし、日月を紀(のり)とし、三光をこれに加えて参照した。これが政治と教化の根本である。 犬を東の方で煮るのは、陽の気が東方から発することにのっとるためである。洗(せん、手や杯を洗う器)が阼(そ、主人側の東の階段)のそばにあり、その水が洗のさらに東にあるのは、天地の東に海があることにのっとるためである。酒樽に玄酒があるのは、民に根本を忘れないことを教えるためである。
解説
この章句が説くこと
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『慎思録』巻之三戦国策に曰く、秦王五百里の地を以て安陵に易へんと欲す。安陵君曰く、大王恵を加へ、大を以て小に易ふ、甚だ善し。然りと雖も地を先王に受く、願はくは終に之を守らん、と。篤信案ずるに、本邦の毛利輝元素と中国八州を領す。豊臣秀吉公輝元の叔父小早川隆景に語りて曰く、吾将に筑紫九州を以て中国八州に易へんとす。如何、と。隆景答へて曰く、九州之を八州に比すれば、甚だ広闊為り。恩恵幸甚なり。然れども今輝元の領する所の八州は、皆是れ彼の祖父元就の経略勤労を以て獲る所の地なり。棄て去るに忍びず。且つ八州すら尚ほ大に過ぐ。况んや之に易ふるに九州を以てするをや。或いは後日君意悔吝を生ずるも、亦未だ測るべからず。願はくは移易すること無からんことを。則ち其の恩を荷ふこと益々深からん、と。秀吉公其の本を忘れずして、且つ其の答ふる所の誠実なるに感じ、遂に其の願に従ふ。是れ和漢同日の美談なり。
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