斉家論 / 上
儉約が本となる事を得心せり、其本立ときは、奢りもやみ、家も齊ふべし、家齊ふれば、をのづから親の心を養ふ孝行となり、其外出入の者も、心安く惠まるべき理あり、他の奢り筋にて、當分親の心をなぐさむ事も有べけれど、約を守らざれば、段々內證に不足立、諸事のまはりあしくなりて借金せば、つゐには親の心をくるしむるに至るべし、尤是までも、內證の事は、約を守る志あれば、つとめ來りし事もあれど、衣類などは表向の物にて、世間なみの事なれば、心付なくうかうかとくらせし所、能々考れば、分に過たる衣裳を、是非に著よと言ものはなきことなり、其外儉約筋諸事、親しき門弟示し合せ、急度あらため、家內にて行ふべしといはれけり、
新字:倹約が本となる事を得心せり、其本立ときは、奢りもやみ、家も斉ふべし、家斉ふれば、をのづから親の心を養ふ孝行となり、其外出入の者も、心安く恵まるべき理あり、他の奢り筋にて、当分親の心をなぐさむ事も有べけれど、約を守らざれば、段々内証に不足立、諸事のまはりあしくなりて借金せば、つゐには親の心をくるしむるに至るべし、尤是までも、内証の事は、約を守る志あれば、つとめ来りし事もあれど、衣類などは表向の物にて、世間なみの事なれば、心付なくうかうかとくらせし所、能々考れば、分に過たる衣裳を、是非に著よと言ものはなきことなり、其外倹約筋諸事、親しき門弟示し合せ、急度あらため、家内にて行ふべしといはれけり、
書き下し
倹約が本となる事を得心せり。其の本立つときは、奢りもやみ、家も斉ふべし。家斉ふれば、をのづから親の心を養ふ孝行となり、其の外出入りの者も、心安く恵まるべき理あり。他の奢り筋にて、当分親の心をなぐさむ事も有るべけれど、約を守らざれば、段々内証に不足立ち、諸事のまはりあしくなりて借金せば、つゐには親の心をくるしむるに至るべし。尤も是までも、内証の事は、約を守る志あれば、つとめ来たりし事もあれど、衣類などは表向きの物にて、世間なみの事なれば、心付きなくうかうかとくらせし所、能々考ふれば、分に過ぎたる衣裳を、是非に著よと言ふものはなきことなり。其の外倹約筋諸事、親しき門弟示し合はせ、急度あらため、家内にて行ふべしといはれけり。
現代語訳
倹約が根本だということを得心しました。その根本が立てば、奢りもやみ、家も整うはずです。家が整えば、おのずと親の心を養う孝行になり、出入りの者たちも安心して恩恵を受けられる道理です。ほかの贅沢で一時は親の心を慰めることもあるでしょうが、約を守らなければ、だんだん家計に不足が出て、何ごとも回らなくなって借金をすれば、ついには親の心を苦しめることになります。これまでも家の内々のことは、約を守る気持ちで務めてきたこともありますが、衣類などは表向きのもので世間並みのことだからと、気づかずうかうかと暮らしてきました。よく考えれば、身分に過ぎた衣裳を是非とも着よと言う者はいないのです。そのほか倹約にかかわる諸事を、親しい門弟どうしで申し合わせ、きっぱり改めて家の中で実行します」と言われました。
解説

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『慎思録』巻之三戦国策に曰く、秦王五百里の地を以て安陵に易へんと欲す。安陵君曰く、大王恵を加へ、大を以て小に易ふ、甚だ善し。然りと雖も地を先王に受く、願はくは終に之を守らん、と。篤信案ずるに、本邦の毛利輝元素と中国八州を領す。豊臣秀吉公輝元の叔父小早川隆景に語りて曰く、吾将に筑紫九州を以て中国八州に易へんとす。如何、と。隆景答へて曰く、九州之を八州に比すれば、甚だ広闊為り。恩恵幸甚なり。然れども今輝元の領する所の八州は、皆是れ彼の祖父元就の経略勤労を以て獲る所の地なり。棄て去るに忍びず。且つ八州すら尚ほ大に過ぐ。况んや之に易ふるに九州を以てするをや。或いは後日君意悔吝を生ずるも、亦未だ測るべからず。願はくは移易すること無からんことを。則ち其の恩を荷ふこと益々深からん、と。秀吉公其の本を忘れずして、且つ其の答ふる所の誠実なるに感じ、遂に其の願に従ふ。是れ和漢同日の美談なり。
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『弁名』文質體用本末又礼器に曰く、「文を以て貴しと為す者有り、素を以て貴しと為す者有り」と。是れ周公の礼を制する所以の意を論説して、周礼に此の数者の同じからざる有るを言ふなり。又「礼に本有り文有り」と曰ふが如き、是れ亦た礼を制する所以の意を論説して、一礼に就きて之を言ふ。本とは礼の由りて起る所なり。文とは之を脩飾して以て礼を成す者なり。仮如へば射、其の由りて起る所は、弧矢の利以て天下を威すに在り、是れ本なり。後来聖人礼楽を以て之を文る、是れ文なり。射は皮を主とせず、則ち聖人の意は、専ら礼楽を習ひて以て徳を成すに在りて、其の本意を失ふと否とは、則ち問ふに暇あらざる者有り。燕饗の礼の如きも、其の始めは亦た唯だ之を飲食するに在るのみ。後来聖人礼楽を以て之を文れば、則ち酒清く人渇すれども敢へて飲まず、肉乾き人饑うれども敢へて食はず。其の意専ら飲食の為に非ざるなり。是れ所謂文なり。是れ聖人の意は、全く文に在りて本に在らず。後世の儒者は老荘の説に狃れ、精を貴び粗を賤しむの見ありて、乃ち本を以て体と為し、文を以て用と為す。又古言の直に本を以て質と為すを知らず。謬れりと謂ふべし。
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『呻吟語』外篇・治道・前人の熟思して棄てし所法を變ずる者は時勢を變じて道を變ぜず、枝葉を變じて本を變ぜず。吾は怪しむ、夫の後の法を議する者偶たま意見有らば、妄りに聰明を逞しくす。知らず、前人の法を立つるは千思萬慮して後に決す。後人の新奇を以て自ら喜ぶ所は、皆な前人の熟思して棄てし所なり。豈に前人の見此に及ばざらんや。
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『都鄙問答』卷之一・孝ノ道ヲ問ノ段答ふ、汝の云へる所は名聞にて、真実を以て、父母に事ふると云ふものにあらず。其の名聞あれば、利欲も甚だ多からん。名利の勝る者は、必ず仁義の心薄し。孝行は、仁義の心よりなす者なり。有子曰く、君子は本を務む、本立ちて道生ず、と。根本既に立つときは、其の道自ら生ず。本とのたまふは、親に事ふるのことなり。名を求むるは、誉れを喜ぶなり。我が名に著する者、豈に孝を知るべき。汝は父母の心に逆ふことなしと云ふ。然るに去る暮れ伯父の方より、少少の銀子借用に来たりし所、両親は用達したき由申されけるに、汝不得心にて少しも借さざるゆへ、親達難儀に思はれ、向後外の事は倹約も致すべく間、此の度は用立て遣はすべきよし、再三申されしかども、汝聞き分けなく、終に借さざるよし。其の争ふ時も、顔色温和に候や。人に争ふときは、温和ならざる者なり。夫にても逆はざると温和との二つ、心易く勉まると云ふは、如何なることぞや。
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『長短経』適変〈議して云う、昔、管子、斉の桓公に謂いて曰く「君、覇して大事を挙げんと欲せば、則ち必ず其の本に従え。夫れ斉国の百姓は、公の本なり。人は甚だ饑を憂うるに税斂重く、人は甚だ死を懼るるに刑政険しく、人は甚だ労を傷むに上の事を挙ぐること時ならず。公、其の税を軽くし、其の刑を緩くし、事を挙ぐるに時を以てせば、則ち人安んぜん」と。此れ本を修めて覇王たるを謂うなり。〉曽子曰く「何をか三至と謂う」と。
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論語・学而篇有子曰く、「其の人と為りや、孝弟にして上を犯すことを好む者は鮮なし。上を犯すことを好まずして乱を作すことを好む者は、未だ之有らざるなり。君子は本を務む。本立ちて道生ず。孝弟や者は、其れ仁の本為るか。」