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礼記 / 郷飲酒義

天地嚴凝之氣,始於西南,而盛於西北,此天地之尊嚴氣也,此天地之義氣也。天地溫厚之氣,始於東北,而盛於東南,此天地之盛德氣也,此天地之仁氣也。主人者尊賓,故坐賓於西北,而坐介於西南以輔賓。賓者,接人以義者也,故坐於西北。主人者,接人以德厚者也,故坐於東南。而坐僎於東北,以輔主人也。仁義接,賓主有事,俎豆有數曰聖,聖立而將之以敬,曰禮,禮以體長幼曰德。德也者,得於身也。故曰:「古之學術道者,將以得身也。是故聖人務焉。」

新字:天地厳凝之気,始於西南,而盛於西北,此天地之尊厳気也,此天地之義気也。天地温厚之気,始於東北,而盛於東南,此天地之盛徳気也,此天地之仁気也。主人者尊賓,故坐賓於西北,而坐介於西南以輔賓。賓者,接人以義者也,故坐於西北。主人者,接人以徳厚者也,故坐於東南。而坐僎於東北,以輔主人也。仁義接,賓主有事,俎豆有数曰聖,聖立而将之以敬,曰礼,礼以体長幼曰徳。徳也者,得於身也。故曰:「古之学術道者,将以得身也。是故聖人務焉。」

書き下し

天地厳凝(げんぎょう)の気は、西南に始まりて、西北に盛んなり。此れ天地の尊厳の気なり、此れ天地の義気なり。天地温厚の気は、東北に始まりて、東南に盛んなり。此れ天地の盛徳の気なり、此れ天地の仁気なり。主人は賓を尊ぶ。故に賓を西北に坐せしめて、介を西南に坐せしめて以て賓を輔く。賓は、人に接するに義を以てする者なり。故に西北に坐す。主人は、人に接するに徳厚を以てする者なり。故に東南に坐す。而して僎を東北に坐せしめて、以て主人を輔く。仁義接し、賓主事有り、俎豆(そとう)数有るを聖と曰う。聖立ちてこれを将(おこな)うに敬を以てするを礼と曰う。礼以て長幼を体するを徳と曰う。徳なる者は、身に得るなり。故に曰く、「古の術道を学ぶ者は、将に以て身に得んとするなり。是の故に聖人務む」と。

現代語訳

天地の厳しく引き締まった気は、西南に始まって西北で盛んになる。これは天地の尊く厳かな気であり、天地の義の気である。天地の温かく厚い気は、東北に始まって東南で盛んになる。これは天地の盛んな徳の気であり、天地の仁の気である。主人は賓を尊ぶ。だから賓を西北に座らせ、介を西南に座らせて賓を補佐させる。賓は義をもって人に接する者である。だから西北に座る。主人は厚い徳をもって人に接する者である。だから東南に座る。そして僎を東北に座らせて主人を補佐させる。仁と義とが交わり、賓と主人にそれぞれの役目があり、俎豆(そとう、肉や供え物を盛る器)に定まった数があることを「聖」という。聖が立ったうえで、これを敬いをもって行うことを「礼」という。礼によって長幼の秩序を体現することを「徳」という。徳とは、身に得ることである。だからこういわれる。「昔、道の術を学んだ者は、それを我が身に得ようとしたのである。それゆえ聖人はこれに努めた」。

解説

郷飲酒の座の方角を、天地の気の運行によって説明する段である。西南から西北へ盛んになる厳しい気を義、東北から東南へ盛んになる温かな気を仁とし、賓を義の方角である西北に、主人を仁の方角である東南に座らせる。賓は義によって人に接し、主人は厚い徳によって人をもてなすという役割の違いが、座の位置に重ねられているのである。後半は聖・礼・徳の三語を段階的に定義し、仁義が交わり役割と器数が整うことを聖、それを敬いで行うことを礼、礼で長幼の秩序を体現することを徳とし、徳を「得」と音で通じさせて「身に得る」と説く。徳を得と解く訓は儒家の文献に広く見える。学問も作法も、知識として知るだけでなく身に得てこそ意味があるという結びは、資格や知識を集めることに偏りがちな今日の学びへの戒めとしても読める。

この章句が説くこと

礼記郷飲酒義仁義徳方角

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