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礼記 / 郷飲酒義

鄉飲酒之義。主人拜迎賓於庠門之外,入,三揖而後至階,三讓而後升,所以致尊讓也。盥洗揚觶,所以致絜也。拜至,拜洗,拜受,拜送,拜既,所以致敬也。尊讓絜敬也者,君子之所以相接也。君子尊讓則不爭,絜敬則不慢,不慢不爭,則遠於鬬辨矣,不鬬辨則無暴亂之禍矣,斯君子所以免於人禍也,故聖人制之以道。

新字:郷飲酒之義。主人拝迎賓於庠門之外,入,三揖而後至階,三譲而後升,所以致尊譲也。盥洗揚觶,所以致絜也。拝至,拝洗,拝受,拝送,拝既,所以致敬也。尊譲絜敬也者,君子之所以相接也。君子尊譲則不争,絜敬則不慢,不慢不争,則遠於闘弁矣,不闘弁則無暴乱之禍矣,斯君子所以免於人禍也,故聖人制之以道。

書き下し

郷飲酒(きょういんしゅ)の義。主人、賓を庠門(しょうもん)の外に拝迎し、入りて、三揖(さんゆう)して而る後に階に至り、三譲して而る後に升るは、尊譲を致す所以なり。盥洗(かんせん)して觶(し)を揚ぐるは、絜(けつ)を致す所以なり。拝至・拝洗・拝受・拝送・拝既は、敬を致す所以なり。尊譲絜敬なる者は、君子の相接する所以なり。君子、尊譲なれば則ち争わず、絜敬なれば則ち慢(あなど)らず。慢らず争わざれば、則ち闘弁に遠ざかる。闘弁せざれば則ち暴乱の禍無し。斯れ君子の人禍を免るる所以なり。故に聖人これを制するに道を以てす。

現代語訳

郷飲酒の礼(きょういんしゅのれい、郷里で賢者や年長者を賓客として招き酒宴を開く礼)の意義について。主人は賓を庠(しょう、郷の学校)の門の外で拝して迎え、中に入ると三度会釈してからようやく階段に至り、三度譲り合ってからようやく堂に上る。これは相手を尊び自分はへりくだる心を尽くすためである。手を洗い杯を洗ってから觶(し、酒を飲む杯)を掲げて勧めるのは、清らかさを尽くすためである。来訪に礼を言って拝し、杯を洗ったことに拝し、杯を受けて拝し、杯を送って拝し、飲み終えて拝するのは、敬いを尽くすためである。尊び、譲り、清らかにし、敬うということが、君子が互いに交わるときの道である。君子は尊び譲れば争わず、清らかにし敬えば人を侮らない。侮らず争わなければ、殴り合いや言い争いから遠ざかる。殴り合いも言い争いもなければ、暴力や乱れの災いはない。これが、君子が人との間に生じる災いを免れるわけである。だから聖人はこの礼を道にかなうように定めたのである。

解説

郷飲酒義篇は『儀礼』郷飲酒礼の意義を説く篇で、冒頭で礼の目的を尊譲・絜敬の四字にまとめる。郷飲酒は郷の長が賢者や年長者を賓として迎える宴で、鄭玄によれば三年ごとに郷の大夫が賢能の士を国に推挙する際に行われたものという。門外での拝迎、三揖三譲、手と杯を洗うこと、何度も繰り返される拝礼は、いずれも酒宴の場で起こりがちな争いと慢りを、あらかじめ形で封じる工夫である。人の禍いの多くは、相手を侮ることから口論が生じ、口論が暴力に至るという段階を踏む。その最初の一歩を礼で断つというのが、この段の論理である。酒席は心が緩む場であるからこそ、形がものをいう。宴席で上座を譲り合い、杯を勧めるときに一言添えるといった今日の作法にも、同じ知恵が生きている。

この章句が説くこと

礼記郷飲酒義敬譲酒宴

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