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礼記 / 昏義

是故男教不修,陽事不得;適見於天,日為之食。婦順不修,陰事不得;適見於天,月為之食。是故日食則天子素服而修六官之職,蕩天下之陽事;月食則后素服而修六宮之職,蕩天下之陰事。故天子之與后,猶日之與月,陰之與陽,相須而後成者也。天子修男教,父道也;后修女順,母道也。故曰:「天子之與后,猶父之與母也。」故為天王服斬衰,服父之義也;為后服資衰,服母之義也。

新字:是故男教不修,陽事不得;適見於天,日為之食。婦順不修,陰事不得;適見於天,月為之食。是故日食則天子素服而修六官之職,蕩天下之陽事;月食則后素服而修六宮之職,蕩天下之陰事。故天子之与后,猶日之与月,陰之与陽,相須而後成者也。天子修男教,父道也;后修女順,母道也。故曰:「天子之与后,猶父之与母也。」故為天王服斬衰,服父之義也;為后服資衰,服母之義也。

書き下し

是の故に男教修まらざれば、陽事得ず、適(まさ)に天に見(あら)われ、日これが為に食す。婦順修まらざれば、陰事得ず、適に天に見われ、月これが為に食す。是の故に日食すれば則ち天子素服して六官の職を修め、天下の陽事を蕩(はら)う。月食すれば則ち后素服して六宮の職を修め、天下の陰事を蕩う。故に天子の后と与(とも)にあるは、猶お日の月と与にし、陰の陽と与にするがごとく、相須(ま)ちて而る後に成る者なり。天子は男教を修む、父の道なり。后は女順を修む、母の道なり。故に曰く、「天子の后と与にあるは、猶お父の母と与にあるがごときなり」と。故に天王の為に斬衰(ざんさい)を服するは、父に服するの義なり。后の為に資衰(しさい)を服するは、母に服するの義なり。

現代語訳

それゆえ、男子の教えが整わなければ陽の事がうまく運ばず、その乱れがちょうど天に現れて、そのために日食が起こる。女性の和順が整わなければ陰の事がうまく運ばず、その乱れがちょうど天に現れて、そのために月食が起こる。だから日食があれば天子は白い無地の服を着て六官の職務を正し、天下の陽の事の乱れを払い清める。月食があれば后は白い無地の服を着て六宮の職務を正し、天下の陰の事の乱れを払い清める。したがって天子と后との関係は、日と月、陰と陽のようなもので、互いに相手を待って初めて成り立つものである。天子が男子の教えを修めるのは父の道であり、后が女性の和順を修めるのは母の道である。だから「天子と后の関係は、父と母の関係のようなものである」といわれる。それゆえ天子が亡くなれば斬衰(ざんさい、裾を縫わない最も重い喪服)を着るのは父の喪に服するのと同じ意味であり、后が亡くなれば資衰(しさい、斉衰すなわち裾を縫った二番目に重い喪服)を着るのは母の喪に服するのと同じ意味である。

解説

昏義篇の結びで、天子と后の関係を日と月、陰と陽、父と母になぞらえる。男子の教えが乱れれば日食、女性の和順が乱れれば月食が起こるとするのは、人の行いと天の現象が感応するという漢代に盛んになった天人相関の考えで、天変があれば君主が素服して身を省みるという慣行と結びついていた。日食・月食を単なる自然現象とせず、政治の責任を問う合図と受け止めた点に、この思想の実践的な意味がある。最後に、天子のためには父と同じ斬衰、后のためには母と同じ斉衰を着るという喪服の規定が引かれ、君と后が民にとっての父母であることが喪服の等級で裏づけられる。凶事を自分の至らなさの表れとして受け止め、まず身を正すという態度は、今日の指導者にも求められるものであろう。

この章句が説くこと

礼記昏義陰陽日食喪服

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