礼記 / 表記
子曰:事君欲諫不欲陳。《詩》云:「心乎愛矣,瑕不謂矣;中心藏之,何日忘之。」 子曰:事君難進而易退,則位有序,易進而難退則亂也。故君子三揖而進,一辭而退,以遠亂也。子曰:事君三違而不出竟,則利祿也,人雖曰不要,吾弗信也。
新字:子曰:事君欲諫不欲陳。《詩》云:「心乎愛矣,瑕不謂矣;中心蔵之,何日忘之。」 子曰:事君難進而易退,則位有序,易進而難退則乱也。故君子三揖而進,一辞而退,以遠乱也。子曰:事君三違而不出竟,則利禄也,人雖曰不要,吾弗信也。
書き下し
子曰く、君に事うるには諫めんことを欲して陳(の)べんことを欲せず。《詩》に云う、「心に愛す、瑕(なん)ぞ謂わざらん。中心これを蔵す、何れの日にかこれを忘れん」と。 子曰く、君に事うるに進み難く退き易ければ、則ち位に序有り。進み易く退き難ければ則ち乱る。故に君子は三揖して進み、一辞して退き、以て乱を遠ざく。子曰く、君に事うるに三たび違(さ)りて竟(さかい)を出でざれば、則ち禄を利するなり。人要(もと)めずと曰うと雖も、吾信ぜざるなり。
現代語訳
孔子は言った。君に仕えるには、内々に諫めることを望み、君の過ちを外に言いふらすことを望まない。『詩経』に「心から愛しているのに、どうして告げずにいられようか。心の中に大切にしまって、いつの日に忘れることがあろうか」とある。 孔子は言った。君に仕えるのに、進んで任用されるのは難しく、退くのはたやすいというのであれば、位に秩序が保たれる。進むのがたやすく、退くのが難しいというのであれば、乱れる。それゆえ君子は、三度会釈してから進み、一度辞退すれば退いて、乱を遠ざける。孔子は言った。君に仕えて三度去ろうとしながら国境を出ないのは、禄をむさぼっているのである。本人が「求めてはいない」と言っても、私は信じない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
孟子・公孫丑章句下孟子蚔蛙に謂ひて曰く、「子の霊丘を辞して士師を請ふは、似たり。其の以て言ふ可きが為なり。今既に数月なり、未だ以て言ふ可からざるか。」蚔蛙王に諫めて用ひられず、臣たることを致して去る。斉人曰く、「蚔蛙の為にする所以は、則ち善し。自ら為にする所以は、則ち吾知らざるなり。」公都子以て告ぐ。曰く、「吾之を聞けり。官守有る者は、其の職を得ざれば則ち去り、言責有る者は、其の言を得ざれば則ち去る。我に官守無く、我に言責無きなり。則ち吾が進退、豈に綽綽然として余裕有らざらんや。」
-
易経・遯卦周易 第三十三卦。艮下乾上。易経。遯は、亨る。小しく貞しきに利ろし。初六、遯るるに尾たり、厲し、往く攸有るに用うる勿かれ。六二、之を執うるに黄牛の革を用う、之を説くに勝うる莫し。九三、系りて遯る、疾有りて厲し、臣妾を畜えば吉。九四、好しとして遯る、君子は吉、小人は否ず。九五、嘉く遯る、貞にして吉。上九、肥かに遯る、利ろしからざる无し。彖に曰く、
-
論語・憲問篇子曰く、賢者は世を辟く。其の次は地を辟く。其の次は色を辟く。其の次は言を辟く。
-
史記 范雎蔡沢列伝「夫れ商君・呉起・大夫種は、その人臣と為りて忠を尽くし功を致すは則ち願ふべし。閎夭の文王に事へ、周公の成王を輔くるや、豈にまた忠聖ならずや。君臣を以てこれを論ずれば、商君・呉起・大夫種のその願ふべきは、閎夭・周公といづれぞや」と。応侯曰く、「商君・呉起・大夫種は若かざるなり」と。蔡沢曰く、「然らば則ち君の主の慈仁にして忠に任じ、旧故に惇厚にして、その賢智と有道の士とに膠漆たり、義として功臣に倍かざるは、秦の孝公・楚の悼王・越王といづれぞや」と。応侯曰く、「未だ何如なるかを知らざるなり」と。蔡沢曰く、「今、主の忠臣に親しむは、秦の孝公・楚の悼王・越王に過ぎず。君の智を設くるや、能く主の為に危ふきを安んじ政を修め、乱を治め兵を彊くし、患ひを批ち難を折き、地を広め穀を殖やし、国を富まし家を足らし、主を彊くし、社稷を尊び、宗廟を顕かにし、天下敢へてその主を欺き犯す莫く、主の威は海内を蓋ひ震ひ、功は万里の外に彰れ、声名は光輝千世に伝はる、君は商君・呉起・大夫種といづれぞや」と。応侯曰く、「若かず」と。蔡沢曰く、「今、主の忠臣に親しみ旧故を忘れざるは孝公・悼王・句践に若かず、而して君の功績愛信親幸もまた商君・呉起・大夫種に若かず。然れども君の禄位貴盛にして、私家の富は三子に過ぐ、而して身退かざるは、恐らくは患ひの三子より甚だしからん、竊かに君の為にこれを危ぶむ。語に曰く『日中すれば則ち移り、月満つれば則ち虧く』と。物盛んなれば則ち衰ふるは、天地の常数なり。進退盈縮、時と変化するは、聖人の常道なり。故に『国に道有れば則ち仕へ、国に道無ければ則ち隠る』。聖人曰く『飛竜天に在り、大人を見るに利あり』と。『不義にして富み且つ貴きは、我に於いて浮雲の如し』と。今、君の怨みは已に讎いられ徳は已に報いられ、意欲至れり、而るに変計無し、竊かに君の為に取らざるなり。
-
言志四録・言志晩録 第二百三十六条 退歩の工夫は尤も難し鋭進の工夫は、固より易からず。退歩の工夫は、尤も難し。惟だ識有る者のみ庶幾からん。
-
『宋名臣言行録』前集巻二・錢若水舉子為りし時、陳希夷に華山に見ゆ。希夷曰く、明日當に再び來るべしと。若水期の如く往きて見れば、一老僧の希夷と地爐を擁して坐する有り。僧、若水を熟視すること之を乆しくして語らず。火箸を以て灰に畫きて做不得の三字を作る。徐ろに曰く、急流中の勇退の人なりと。若水辭し去る。希夷復た留めず。後、若水科に登り、樞宻副使と為り、年方に四十にして致仕す。希夷初め若水に仙風道骨有りと謂うも、意未だ決せず。僧に命じて之を觀しむ。僧云う、做不得と。故に復た留めず。然れども急流中に勇退するは、神仙を去ること逺からざるなり。僧は麻衣道者なり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る