孟子 / 公孫丑章句下
孟子謂蚔鼃曰、子之辭靈丘而請士師、似也。為其可以言也。今既數月矣、未可以言與。蚔鼃諫於王而不用。致為臣而去。齊人曰、所以為蚔鼃、則善矣。所以自為、則吾不知也。公都子以告。曰、吾聞之也。有官守者、不得其職則去、有言責者、不得其言則去。我無官守、我無言責也。則吾進退、豈不綽綽然有餘裕哉。
新字:孟子謂蚔鼃曰、子之辞霊丘而請士師、似也。為其可以言也。今既数月矣、未可以言与。蚔鼃諫於王而不用。致為臣而去。斉人曰、所以為蚔鼃、則善矣。所以自為、則吾不知也。公都子以告。曰、吾聞之也。有官守者、不得其職則去、有言責者、不得其言則去。我無官守、我無言責也。則吾進退、豈不綽綽然有余裕哉。
書き下し
孟子、ᆻ鼃(チ・ア)に謂いて曰く、「子の靈丘に辭して士師を請うは、似たり。其の以て言う可きが為なり。今、既に數月なり。未だ以て言う可からざるか。」 ᆻ鼃、王を諫めて用いられず。臣為ることを致して去る。齊人曰く、「ᆻ鼃の為にする所以は、則ち善し。自ら為にする所以は、則ち吾知らざるなり。」公都子、以て告ぐ。曰く、「吾、之を聞く。官守有る者は、其の職を得ざれば則ち去り、言責有る者は、其の言を得ざれば則ち去る、と。我、官守無く、我、言責無きなり。則ち吾が進退は、豈に綽綽然として餘裕有らずや。」
現代語訳
孟子は齊の大夫ᆻ鼃に向かって言った、 「あなたが靈丘の役人を辞して、諫官を希望されたのは、道理にかなった真に結構な事ですね。王様に直接意見を具申する職責ですから。そこで、あなたがこの官に就かれて数か月たちましたが、まだ王様に申し上げることは何もないのですか。」 ᆻ鼃はこの忠告に因り、早速王様を諫めたが、容れられず、職を辞して去った。齊の人々は言った、 「ᆻ鼃の為にあのような忠告をしたのは善い事であるが、孟先生はどうされるおつもりなのか、分かったものではない。」これを聞いた弟子の公都子は孟子に告げると、孟子は言った、 「私は、官に就いている者が、その職責を果たすことが出来なければ辞職し、意見を述べる立場に在る者が、その意見を用いられなければ辞職するものだと、聞いている。私は官職についているわけでもなく、意見を述べる職責があるわけでもない。だから私の進退はそのような事に縛られずに、余裕綽々であってよいはずである。」
解説
この章句が説くこと
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