論語 / 憲問篇
子曰:「賢者辟世,其次辟地,其次辟色,其次辟言。」
書き下し
子曰く、賢者は世を辟く。其の次は地を辟く。其の次は色を辟く。其の次は言を辟く。
現代語訳
先生がおっしゃった。「賢者は(乱れた)世の中を避ける。その次は(乱れた)土地を避ける。その次は(相手の)顔色を見て避ける。その次は(相手の)言葉を聞いて避ける。」
解説
逃げ方に四段階があるという。世を避ける、土地を避ける、顔色を避ける、言葉を避ける。後になるほど、判断の材料が身近で小さくなる。逆に言えば、後の段階ほど察知が遅い。最上位の賢者は、時代そのものが駄目だと見て身を引く。最下位は、相手の言葉が変わって初めて気づく。危険からの離脱を、察知の早さで序列化している。この見方は、組織や取引関係の引き際にそのまま使える。相手の言葉が変わってから離れるのは、最も遅い判断である。その前に表情が変わり、その前に環境が変わり、その前に時代が変わっている。早く察知するほど、選べる選択肢は多い。ただし、早すぎる離脱は臆病とも見える。孔子はどの段階も否定していない。ただ、順序があることを示した。
この章句が説くこと
進退察知引き際段階賢者
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孟子・公孫丑章句下孟子蚔蛙に謂ひて曰く、「子の霊丘を辞して士師を請ふは、似たり。其の以て言ふ可きが為なり。今既に数月なり、未だ以て言ふ可からざるか。」蚔蛙王に諫めて用ひられず、臣たることを致して去る。斉人曰く、「蚔蛙の為にする所以は、則ち善し。自ら為にする所以は、則ち吾知らざるなり。」公都子以て告ぐ。曰く、「吾之を聞けり。官守有る者は、其の職を得ざれば則ち去り、言責有る者は、其の言を得ざれば則ち去る。我に官守無く、我に言責無きなり。則ち吾が進退、豈に綽綽然として余裕有らざらんや。」
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易経・遯卦周易 第三十三卦。艮下乾上。易経。遯は、亨る。小しく貞しきに利ろし。初六、遯るるに尾たり、厲し、往く攸有るに用うる勿かれ。六二、之を執うるに黄牛の革を用う、之を説くに勝うる莫し。九三、系りて遯る、疾有りて厲し、臣妾を畜えば吉。九四、好しとして遯る、君子は吉、小人は否ず。九五、嘉く遯る、貞にして吉。上九、肥かに遯る、利ろしからざる无し。彖に曰く、
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『文武訓』武訓下一左伝に、晋の随武子が曰く、可を見て進む。難を知りて退く。軍の善政なり。凡兵を用ふるに、進も退も度あり。度を失へばやぶる。進むべからずして進み、退くべからずして退くは、度を失ふなり。進むべくして進まず、退くべくして退かず。是亦度をうしなふなり。一敵陣にむかつては、進むべくして進み、退くべくして退く、是和語に、かかるも引くも折によるといふが如し。戦の道、進退によき節あり。勇者は進むべからずして進み、退くべくして退かず。是軍法の禁ずる所なり。大過とす。進むべくして進まず、退くべからずして退くは、是怯者のしわざなり、不及とす。是亦軍法の禁ずる所なり。進むべからずして進み、退くべくして退かず、進むべくして進まず、退くべからずして退く。此四のものは勇怯同じからざれども、ともに軍法に害あり。軍法にしたがひては、勇者もひとり進まず、怯者もひとり退かず。皆力を一にするは、良将の兵なり。一かかるにはさきにすすむを勇とし、引くにはあとにおくるるを勇とす。されども進むに先にあるは猶もやすし。退くにあとにあるは甚かたし。
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史記 范雎蔡沢列伝「夫れ商君・呉起・大夫種は、その人臣と為りて忠を尽くし功を致すは則ち願ふべし。閎夭の文王に事へ、周公の成王を輔くるや、豈にまた忠聖ならずや。君臣を以てこれを論ずれば、商君・呉起・大夫種のその願ふべきは、閎夭・周公といづれぞや」と。応侯曰く、「商君・呉起・大夫種は若かざるなり」と。蔡沢曰く、「然らば則ち君の主の慈仁にして忠に任じ、旧故に惇厚にして、その賢智と有道の士とに膠漆たり、義として功臣に倍かざるは、秦の孝公・楚の悼王・越王といづれぞや」と。応侯曰く、「未だ何如なるかを知らざるなり」と。蔡沢曰く、「今、主の忠臣に親しむは、秦の孝公・楚の悼王・越王に過ぎず。君の智を設くるや、能く主の為に危ふきを安んじ政を修め、乱を治め兵を彊くし、患ひを批ち難を折き、地を広め穀を殖やし、国を富まし家を足らし、主を彊くし、社稷を尊び、宗廟を顕かにし、天下敢へてその主を欺き犯す莫く、主の威は海内を蓋ひ震ひ、功は万里の外に彰れ、声名は光輝千世に伝はる、君は商君・呉起・大夫種といづれぞや」と。応侯曰く、「若かず」と。蔡沢曰く、「今、主の忠臣に親しみ旧故を忘れざるは孝公・悼王・句践に若かず、而して君の功績愛信親幸もまた商君・呉起・大夫種に若かず。然れども君の禄位貴盛にして、私家の富は三子に過ぐ、而して身退かざるは、恐らくは患ひの三子より甚だしからん、竊かに君の為にこれを危ぶむ。語に曰く『日中すれば則ち移り、月満つれば則ち虧く』と。物盛んなれば則ち衰ふるは、天地の常数なり。進退盈縮、時と変化するは、聖人の常道なり。故に『国に道有れば則ち仕へ、国に道無ければ則ち隠る』。聖人曰く『飛竜天に在り、大人を見るに利あり』と。『不義にして富み且つ貴きは、我に於いて浮雲の如し』と。今、君の怨みは已に讎いられ徳は已に報いられ、意欲至れり、而るに変計無し、竊かに君の為に取らざるなり。
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言志四録・言志晩録 第二百三十六条 退歩の工夫は尤も難し鋭進の工夫は、固より易からず。退歩の工夫は、尤も難し。惟だ識有る者のみ庶幾からん。
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