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礼記 / 表記

子曰:后稷,天下之為烈也,豈一手一足哉!唯欲行之浮於名也,故自謂便人。 子言之:君子之所謂仁者,其難乎!《詩》云:「凱弟君子,民之父母。凱以強教之,弟以說安之。」樂而毋荒,有禮而親;威莊而安,孝慈而敬。使民有父之尊,有母之親。如此而後可以為民父母矣。非至德其孰能如此乎?今父之親子也,親賢而下無能;母之親子也,賢則親之,無能則憐之。母,親而不尊;父,尊而不親。水之於民也,親而不尊;火,尊而不親。土之於民也,親而不尊;天,尊而不親。命之於民也,親而不尊;鬼,尊而不親。

新字:子曰:后稷,天下之為烈也,豈一手一足哉!唯欲行之浮於名也,故自謂便人。 子言之:君子之所謂仁者,其難乎!《詩》云:「凱弟君子,民之父母。凱以強教之,弟以説安之。」楽而毋荒,有礼而親;威荘而安,孝慈而敬。使民有父之尊,有母之親。如此而後可以為民父母矣。非至徳其孰能如此乎?今父之親子也,親賢而下無能;母之親子也,賢則親之,無能則憐之。母,親而不尊;父,尊而不親。水之於民也,親而不尊;火,尊而不親。土之於民也,親而不尊;天,尊而不親。命之於民也,親而不尊;鬼,尊而不親。

書き下し

子曰く、后稷(こうしょく)は、天下の烈たるなり、豈に一手一足ならんや。唯だ行いの名に浮かばんことを欲す、故に自ら便人(べんじん)と謂う。 子これを言う、君子の所謂仁なる者は、其れ難きかな。《詩》に云う、「凱弟の君子は、民の父母」と。凱以てこれを強教し、弟以てこれを説安す。楽しみて荒むこと毋く、礼有りて親しみ、威荘にして安く、孝慈にして敬す。民をして父の尊有り、母の親有らしむ。此くの如くにして後に以て民の父母と為るべし。至徳に非ずんば其れ孰(たれ)か能く此くの如くならんや。今父の子を親しむや、賢を親しみて無能を下にす。母の子を親しむや、賢なれば則ちこれを親しみ、無能なれば則ちこれを憐れむ。母は、親しみて尊ばず。父は、尊びて親しまず。水の民に於けるや、親しみて尊ばず。火は、尊びて親しまず。土の民に於けるや、親しみて尊ばず。天は、尊びて親しまず。命の民に於けるや、親しみて尊ばず。鬼は、尊びて親しまず。

現代語訳

孔子は言った。后稷(こうしょく、周の始祖で農業を教えた人)は、天下に大きな功業を立てた人である。それがどうして一つの手、一つの足のような小さな働きであったろうか。ただ行いが名声を上回ることを望んだので、自らを「便人」(この仕事に慣れた者にすぎない)と称したのである。 孔子は言った。君子のいう仁とは、なんと難しいことであろうか。『詩経』に「和やかで慕わしい君子は、民の父母である」とある。和らぎ楽しむ心(凱)によって力強く教え、やわらかく慕わしい心(弟)によって喜ばせ安んじる。楽しんでもすさむことがなく、礼があって親しみ、威厳があっても人を安らがせ、孝行と慈愛があって敬まれる。民にとって父のような尊さと、母のような親しさをもたせる。こうしてはじめて民の父母となることができる。至上の徳でなければ、誰がこのようにできようか。今、父が子を愛するときは、賢い子を愛して無能な子を下に見る。母が子を愛するときは、賢ければ愛し、無能であれば憐れむ。母は親しまれるが尊ばれず、父は尊ばれるが親しまれない。水は民にとって親しいが尊ばれず、火は尊ばれるが親しまれない。土は民にとって親しいが尊ばれず、天は尊ばれるが親しまれない。命(為政者の命令)は民にとって親しいが尊ばれず、鬼神は尊ばれるが親しまれない。

解説

前半は、周の始祖后稷の謙譲を語る。天下に大功を立てながら、行いが名を上回ることを望んで、自らを「便人」と称したという。鄭玄はこれを、仁聖の名を避けて、この事に慣れた人にすぎないと言ったものと注する。後半は、仁の難しさを『詩経』大雅・泂酌の「凱弟の君子は民の父母」によって説く。凱は楽しませて強く教え、弟は和らげて喜ばせ安んじることで、民の父母たる者は父の尊さと母の親しさをあわせもたねばならない。続いて、父は賢い子を愛して無能な子を下に見、母は賢い子を愛し無能な子を憐れむとして、母は親しいが尊くなく、父は尊いが親しくないと対比する。水と火、土と天、命と鬼神も同じ対の関係で並べられる。尊さと親しさは片方に偏りやすく、両方を兼ねるのは至徳だけだというのである。上司や親として、厳しさと温かさのどちらかに偏っていないかを振り返るのに、よい手がかりとなる段である。

この章句が説くこと

礼記表記仁父母后稷

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