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礼記 / 表記

子曰:中心安仁者,天下一人而已矣。《大雅》曰:「德輶如毛,民鮮克舉之,我儀圖之,惟仲山甫舉之,愛莫助之。」 《小雅》曰:「高山仰止,景行行止。」子曰:詩之好仁如此,鄉道而行,中道而廢,忘身之老也,不知年數之不足,俛焉日有孳孳,斃而後已。

新字:子曰:中心安仁者,天下一人而已矣。《大雅》曰:「徳輶如毛,民鮮克舉之,我儀図之,惟仲山甫舉之,愛莫助之。」 《小雅》曰:「高山仰止,景行行止。」子曰:詩之好仁如此,郷道而行,中道而廃,忘身之老也,不知年数之不足,俛焉日有孳孳,斃而後已。

書き下し

子曰く、中心仁に安んずる者は、天下一人のみ。《大雅》に曰く、「徳の輶(かろ)きこと毛の如きも、民克(よ)くこれを挙ぐること鮮(すくな)し。我儀(たぐい)これを図るに、惟れ仲山甫(ちゅうざんぽ)これを挙ぐ。愛(お)しいかな、これを助くる莫し」と。 《小雅》に曰く、「高山は仰ぎ、景行は行く」と。子曰く、詩の仁を好むこと此くの如し。道に郷(むか)いて行き、中道にして廃(たお)れ、身の老いたるを忘れ、年数の足らざるを知らず、俛焉(べんえん)として日に孳孳(しし)たる有り、斃(たお)れて後已む。

現代語訳

孔子は言った。心の底から仁に安んじている者は、天下にただ一人いるかどうかである。『詩経』大雅に「徳は毛のように軽いものだが、民でそれを持ち上げられる者は少ない。私の仲間とともに考えてみると、ただ仲山甫(周の宣王の賢臣)だけがそれを持ち上げる。惜しいことに、誰も彼を助ける者がいない」とある。 『詩経』小雅に「高い山は仰ぎ見、大きな道は歩んでいく」とある。孔子は言った。『詩経』が仁を好むことはこのようである。道に向かって歩み、道の半ばで力尽きて倒れるまで、自分の老いを忘れ、残りの年数の足りないことも気にかけず、ひたすら努めて日々に励み、死んでようやくやめるのである。

解説

仁に安んずる者の稀なことと、それでも仁を目指して歩み続ける姿を説く段である。大雅・烝民の句について鄭玄は、徳は毛のように軽いのに人は皆重いと思って行える者が少なく、この詩は周の宣王の大臣の作で、仲山甫だけがそれを行えたと讃えたものだと注する。続く小雅・車舝の「高山は仰ぎ、景行は行く」は、鄭玄によれば高い徳を仰いで勤め行う者は仁の次にあたり、景行とは古の聖賢の明らかな行いである。この句は司馬遷が『史記』孔子世家の賛で孔子を仰いで引いたことでも知られる。孔子は、道に向かって歩み、中途で倒れるまで老いも残りの年数も忘れて励み続けることを「斃れて後已む」と言う。到達できるかどうかより、向かい続けることそのものに価値を見る言葉である。年齢や残り時間を理由に学びや挑戦をあきらめそうになるとき、この一句は背中を押してくれる。

この章句が説くこと

礼記表記仁学び生涯

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