礼記 / 坊記
子云:「昏禮,婿親迎,見於舅姑,舅姑承子以授婿,恐事之違也。以此坊民,婦猶有不至者。」
新字:子云:「昏礼,婿親迎,見於舅姑,舅姑承子以授婿,恐事之違也。以此坊民,婦猶有不至者。」
書き下し
子云う、「昏礼に、婿親迎(しんげい)して、舅姑(きゅうこ)に見(まみ)え、舅姑子を承けて以て婿に授くるは、事の違わんことを恐るればなり。此を以て民を坊ぐも、婦猶お至らざる者有り」と。
現代語訳
孔子は言った。「婚礼で、婿が自ら花嫁を迎えに行き(親迎)、花嫁の父母(舅姑)に会い、その父母が娘を奉じて婿に授けるのは、婚姻のことが道に違うのを恐れるからである。こうして民を防いでも、妻の中にはなお夫と夫の家に真心を尽くさない者がいる」。
解説
坊記篇の結びで、婚礼の親迎を説く段である。婿が自ら花嫁の家に迎えに行き、花嫁の父母に会い、父母が娘を婿に手渡すのは、婚姻が道に違うことのないよう念を入れるためである。ここでいう舅姑は、鄭玄によれば妻の父母で、妻の父を外舅、母を外姑という。鄭玄はまた、父は娘に「夙夜命に違うこと無かれ」と戒め、母は「宮事に違うこと毋かれ」と戒めると注している。「婦猶お至らざる者有り」について、鄭玄は、夫に親しみ舅姑に孝を尽くさないことと解し、『春秋』成公九年に宋の共公が親迎せず、魯が季孫行父を宋に遣わして伯姫のことを念押しさせた例を挙げている。親が子を相手に託す手渡しの場面を大切にするのは、婚姻が当人だけでなく両家の約束であるという考えによる。今の結婚式でも、親が子を相手に託す場面が人の心を打つのは、こうした託す心が形として残っているからであろう。
この章句が説くこと
礼記坊記婚礼親迎家族
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