酔古堂剣掃 / 集靈・骨肉の變に處しては從容たるべし
處父兄骨肉之變,宜從容,不宜激烈;遇朋友交游之失,宜剴切,不宜優游。
新字:処父兄骨肉之変,宜従容,不宜激烈;遇朋友交游之失,宜剴切,不宜優游。
書き下し
父兄骨肉の變に處しては、宜しく從容たるべく、宜しく激烈なるべからず。 朋友交游の失に遇ひては、宜しく剴切なるべく、宜しく優游なるべからず。
現代語訳
父や兄など肉親の間に変事が起きたときは、ゆったり落ち着いて対処すべきで、激しく振る舞うべきではありません。友人や付き合いのある人の過ちに出会ったときは、率直に諫めるべきで、ぐずぐずと見過ごすべきではありません。
解説
家族と友人とで、過ちへの向き合い方を変えよと説いた対句です。骨肉の変は、肉親の間の不和や不始末のことです。家族は一生続く関係なので、激しく責め立てれば取り返しのつかない溝ができます。だから従容、つまり落ち着いてゆるやかに対処せよと言います。一方、友人の過ちには剴切、すなわち的を射た率直な忠告が必要で、優游、ぐずぐずと見逃すのは友情にもとるとします。菜根譚にもほぼ同じ句があります。近い関係ほど言い方に気を配り、対等な関係ほど遠慮せず言うべきことを言う。人間関係の距離に応じた知恵です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
家族交友処世諫言菜根譚
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