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礼記 / 坊記

子云:「寡婦之子,不有見焉,則弗友也,君子以辟遠也。故朋友之交,主人不在,不有大故,則不入其門。以此坊民,民猶以色厚於德。」 子云:「好德如好色。諸侯不下漁色。故君子遠色以為民紀。男女授受不親。禦婦人則進左手。姑姊妹女子,子已嫁而反,男子不與同席而坐。寡婦不夜哭。婦人疾,問之,不問其疾。以此坊民,民猶淫泆而亂於族。」

新字:子云:「寡婦之子,不有見焉,則弗友也,君子以辟遠也。故朋友之交,主人不在,不有大故,則不入其門。以此坊民,民猶以色厚於徳。」 子云:「好徳如好色。諸侯不下漁色。故君子遠色以為民紀。男女授受不親。禦婦人則進左手。姑姊妹女子,子已嫁而反,男子不与同席而坐。寡婦不夜哭。婦人疾,問之,不問其疾。以此坊民,民猶淫泆而乱於族。」

書き下し

子云う、「寡婦の子は、見(あら)わるる有らざれば、則ち友とせず、君子以て辟(さ)け遠ざかるなり。故に朋友の交わりは、主人在らざれば、大故有らざれば、則ち其の門に入らず。此を以て民を坊ぐも、民猶お色を以て徳より厚くす」と。 子云う、「徳を好むこと色を好むが如くせよ。諸侯は下に色を漁(あさ)らず。故に君子は色を遠ざけて以て民の紀と為す。男女授受するに親(みずか)らせず。婦人を御するには則ち左手を進む。姑姉妹女子子、已に嫁して反(かえ)れば、男子与に席を同じくして坐せず。寡婦は夜哭せず。婦人疾めば、これを問うに、其の疾を問わず。此を以て民を坊ぐも、民猶お淫泆(いんいつ)して族を乱る」と。

現代語訳

孔子は言った。「寡婦の子とは、その才能が明らかに認められるのでなければ、友として交わらない。君子は疑いを避けて遠ざかるのである。それゆえ友との交わりでも、主人が留守であれば、葬儀や病気などの大事がない限り、その家の門に入らない。こうして民を防いでも、民はなお色を徳より重んじる」。 孔子は言った。「徳を好むことを、色を好むように熱心にせよ。諸侯は自国の中から妃を漁るように娶らない。それゆえ君子は色を遠ざけて民の綱紀とする。男女は物をやりとりするのに直接手渡ししない。婦人の乗る車を御するときは、左手を前に出して身をわずかに背ける。父の姉妹・自分の姉妹・娘が、嫁いだあとに里帰りしたときは、男子は同じ敷物に並んで坐らない。寡婦は夜に声をあげて泣かない。婦人が病気のときに見舞っても、病の詳しい様子を尋ねない。こうして民を防いでも、民はなお淫らにふけって一族の秩序を乱す」。

解説

男女の別を日常の細かな所作にまで及ぼして説く段である。寡婦の子と交わるのは才が明らかな場合に限り、主人の留守には大事がない限りその門に入らないのは、いずれもあらぬ疑いを避けるためである。後半の「徳を好むこと色を好むが如し」について、鄭玄はこの句には言葉が足りないようだとして、『論語』の「未だ徳を好むこと色を好むが如くする者を見ず」を引き、時の人が色に厚く徳に薄いことを憎んだものと解している。諸侯が国内から娶らないことを「下に漁色せず」と言うのは、鄭玄によれば、網にかかった魚を選ばず取るように、選ぶこともなく娶ることになるからである。直接手渡ししない、車上で身を背ける、寡婦が夜泣かない、病の詳細を問わないといった定めは、いずれも疑いを招くことを避けるためのものと注疏は説く。今の感覚では厳しすぎる定めもあるが、誤解を招かない距離の取り方という点では、職場での配慮にも通じるところがある。

この章句が説くこと

礼記坊記男女徳嫌疑

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