礼記 / 孔子閒居
孔子閑居,子夏侍。 子夏曰:「敢問《詩》云『凱弟君子,民之父母』何如斯可謂民之父母矣?」 孔子曰:「夫民之父母乎!必達於禮樂之原,以致五至,而行三無,以橫於天下,四方有敗,必先知之。此之謂民之父母矣。」
新字:孔子閑居,子夏侍。 子夏曰:「敢問《詩》云『凱弟君子,民之父母』何如斯可謂民之父母矣?」 孔子曰:「夫民之父母乎!必達於礼楽之原,以致五至,而行三無,以横於天下,四方有敗,必先知之。此之謂民之父母矣。」
書き下し
孔子閑居(かんきょ)し、子夏侍す。 子夏曰く、「敢えて問う、《詩》に云う『凱弟(がいてい)の君子は、民の父母』と。何如なればここに民の父母と謂うべき」と。 孔子曰く、「夫れ民の父母か。必ず礼楽の原に達し、以て五至を致し、而して三無を行い、以て天下に横(みち)わたり、四方に敗有らば、必ず先ずこれを知る。此れをこれ民の父母と謂う」と。
現代語訳
孔子がくつろいで家にいて、子夏がそばに控えていた。 子夏が言った。「お尋ねします。『詩経』に『和やかで慕わしい君子は、民の父母である』とありますが、どのようであれば民の父母と呼べるのでしょうか」。 孔子は言った。「民の父母か。必ず礼と楽の根源に通じ、それによって五至(五つの至り)をきわめ、三無(三つの形なきもの)を行い、それを天下に行きわたらせ、四方に災いがあれば、必ず誰よりも先にそれを知る。これを民の父母というのである」。
解説
孔子閒居篇の冒頭で、子夏が『詩経』大雅・泂酌の「凱弟の君子は民の父母」の句について問う場面である。孔子は民の父母たる条件として、礼楽の根源に達すること、五至をきわめること、三無を行うこと、それを天下に広げること、そして四方の災いを誰より先に知ることを挙げる。五至と三無の中身は続く段で明かされるので、ここは問答全体の骨組みを示す序にあたる。為政者を民の父母にたとえるのは儒家に広く見られる発想で、『孟子』も民の父母たるべき王が民を飢えさせることを厳しく咎めている。本篇前半の問答は、戦国時代の竹簡である上海博物館蔵楚簡『民之父母』にもほぼ同じ内容が見え、古くから伝えられてきたものであることがわかる。部下や家族に何かあったとき、誰より先に気づけるかという問いは、上に立つ者の力量を測る物差しとして今も有効である。
この章句が説くこと
礼記民の父母詩経孔子閒居為政
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