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礼記 / 哀公問

孔子遂言曰:「昔三代明王之政,必敬其妻子也,有道。妻也者,親之主也,敢不敬與?子也者,親之後也,敢不敬與?君子無不敬也,敬身為大。身也者,親之枝也,敢不敬與?不能敬其身,是傷其親;傷其親,是傷其本;傷其本,枝從而亡。三者,百姓之象也。身以及身,子以及子,妃以及妃,君行此三者,則愾乎天下矣,大王之道也。如此,則國家順矣。」

新字:孔子遂言曰:「昔三代明王之政,必敬其妻子也,有道。妻也者,親之主也,敢不敬与?子也者,親之後也,敢不敬与?君子無不敬也,敬身為大。身也者,親之枝也,敢不敬与?不能敬其身,是傷其親;傷其親,是傷其本;傷其本,枝従而亡。三者,百姓之象也。身以及身,子以及子,妃以及妃,君行此三者,則愾乎天下矣,大王之道也。如此,則国家順矣。」

書き下し

孔子遂に言いて曰く、「昔三代の明王の政は、必ずその妻子を敬するや、道有り。妻なる者は、親の主なり。敢えて敬せざらんや。子なる者は、親の後なり。敢えて敬せざらんや。君子は敬せざること無きなり。身を敬するを大と為す。身なる者は、親の枝なり。敢えて敬せざらんや。その身を敬すること能わざるは、是れその親を傷つくるなり。その親を傷つくるは、是れその本を傷つくるなり。その本を傷つくれば、枝従いて亡ぶ。三者は、百姓の象なり。身は以て身に及ぼし、子は以て子に及ぼし、妃は以て妃に及ぼす。君この三者を行えば、則ち天下に愾(いた)る。大王(たいおう)の道なり。此くの如くなれば、則ち国家順なり」と。

現代語訳

孔子はさらに言葉を続けた。「昔、夏・殷・周三代の明王の政治では、必ず自分の妻と子を敬いましたが、それには道理があります。妻とは、親の祭りをともに主宰する者です。どうして敬わずにいられましょう。子とは、親の跡継ぎです。どうして敬わずにいられましょう。君子は敬わないものがありませんが、自分の身を敬うことを最も大きいこととします。身とは、親から分かれた枝です。どうして敬わずにいられましょう。自分の身を敬うことができないのは、親を傷つけることです。親を傷つけるのは、根本を傷つけることです。根本を傷つければ、枝もそれに従って滅びます。この三つ(身・妻・子)は、民にとっての手本です。自分の身を敬う心を民の身に及ぼし、自分の子を敬う心を民の子に及ぼし、自分の妃を敬う心を民の妃に及ぼします。君主がこの三つを行えば、その徳は天下に行き渡ります。これは大王(たいおう、周の古公亶父)の道です。このようであれば、国家は順調に治まります」。

解説

妻・子・自分の身という三つを敬うことを、三代の明王の政の根本として説く段である。妻は親の祭りの主、子は親の跡継ぎ、身は親の枝であり、いずれも親につながるものだから敬わねばならない。とりわけ身を敬うことが最も大きく、自分の身を粗末にすることは親を傷つけ、根本を傷つけることになるという。孝経開宗明義章の「身体髪膚これを父母に受く」に通じる考えである。そして君がこの三つを敬う心を民の身・子・妻へと押し広げれば、その徳は天下に至る。鄭玄は「愾」を至ると注し、大王の道について、狄に攻められた古公亶父が、人を養うための土地のために人を害することはできないとして豳を去り岐に移った故事を引く。家族を大切にする心が、そのまま他人の家族を大切にする心へと広がるという筋道は、孟子の「吾が老を老として以て人の老に及ぼす」とも響き合う。

この章句が説くこと

礼記哀公問敬身家族推恩

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