礼記 / 経解
故朝覲之禮,所以明君臣之義也;聘問之禮,所以使諸侯相尊敬也;喪祭之禮,所以明臣子之恩也;鄉飲酒之禮,所以明長幼之序也;昏姻之禮,所以明男女之別也。夫禮,禁亂之所由生,猶坊止水之所自來也。故以舊坊為無所用而壞之者,必有水敗;以舊禮為無所用而去之者,必有亂患。故昏姻之禮廢,則夫婦之道苦,而淫辟之罪多矣。鄉飲酒之禮廢,則長幼之序失,而爭鬥之獄繁矣。喪祭之禮廢,則臣子之恩薄,而倍死忘生者眾矣。聘覲之禮廢,則君臣之位失,諸侯之行惡,而倍畔侵陵之敗起矣。
新字:故朝覲之礼,所以明君臣之義也;聘問之礼,所以使諸侯相尊敬也;喪祭之礼,所以明臣子之恩也;郷飲酒之礼,所以明長幼之序也;昏姻之礼,所以明男女之別也。夫礼,禁乱之所由生,猶坊止水之所自来也。故以旧坊為無所用而壊之者,必有水敗;以旧礼為無所用而去之者,必有乱患。故昏姻之礼廃,則夫婦之道苦,而淫辟之罪多矣。郷飲酒之礼廃,則長幼之序失,而争鬥之獄繁矣。喪祭之礼廃,則臣子之恩薄,而倍死忘生者衆矣。聘覲之礼廃,則君臣之位失,諸侯之行悪,而倍畔侵陵之敗起矣。
書き下し
故に朝覲(ちょうきん)の礼は、君臣の義を明らかにする所以なり。聘問(へいもん)の礼は、諸侯をして相尊敬せしむる所以なり。喪祭の礼は、臣子の恩を明らかにする所以なり。郷飲酒の礼は、長幼の序を明らかにする所以なり。昏姻の礼は、男女の別を明らかにする所以なり。夫れ礼は、乱の由りて生ずる所を禁ずること、猶お坊(ぼう)の水の自りて来る所を止むるがごときなり。故に旧坊を以て用うる所無しと為してこれを壊(やぶ)る者は、必ず水の敗有り。旧礼を以て用うる所無しと為してこれを去る者は、必ず乱の患有り。故に昏姻の礼廃すれば、則ち夫婦の道苦しみて、淫辟(いんぺき)の罪多し。郷飲酒の礼廃すれば、則ち長幼の序失われて、争闘の獄繁し。喪祭の礼廃すれば、則ち臣子の恩薄くして、死に倍(そむ)き生を忘るる者衆し。聘覲の礼廃すれば、則ち君臣の位失われ、諸侯の行い悪しくして、倍畔侵陵(はいはんしんりょう)の敗起こる。
現代語訳
だから朝覲(諸侯が天子に拝謁すること)の礼は、君臣の義を明らかにするためのものである。聘問(諸侯が互いに使者を送ること)の礼は、諸侯が互いに尊敬し合うようにするためのものである。喪祭の礼は、臣や子の恩愛を明らかにするためのものである。郷飲酒(郷の人々が集まる酒宴)の礼は、長幼の序を明らかにするためのものである。婚姻の礼は、男女の別を明らかにするためのものである。そもそも礼が乱れの生じるもとを禁じるのは、堤防が水の押し寄せてくるもとを止めるのと同じである。だから古い堤防を役に立たないものとして壊す者には、必ず水害が起こる。古い礼を役に立たないものとして捨てる者には、必ず乱れの災いが起こる。だから婚姻の礼が廃れれば、夫婦の道が苦しいものとなり、みだらで邪な罪が多くなる。郷飲酒の礼が廃れれば、長幼の序が失われ、争いの訴えが増える。喪祭の礼が廃れれば、臣や子の恩愛が薄れ、死者に背き生前の恩を忘れる者が多くなる。聘問や朝覲の礼が廃れれば、君臣の位が失われ、諸侯の行いが悪くなって、背き叛き侵し凌ぐという破綻が起こる。
解説
この章句が説くこと
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