礼記 / 祭統
是故,先期旬有一日。宮宰宿夫人,夫人亦散齊七日,致齊三日。君致齊於外,夫人致齊於內;然後會於大廟。君純冕立於阼,夫人副褘立於東房。君執圭瓚祼尸,大宗執璋瓚亞祼。及迎牲,君執紖,卿大夫從,士執芻。宗婦執盎從夫人薦涚水。君執鸞刀羞嚌,夫人薦豆;此之謂夫婦親之。
新字:是故,先期旬有一日。宮宰宿夫人,夫人亦散斉七日,致斉三日。君致斉於外,夫人致斉於内;然後会於大廟。君純冕立於阼,夫人副褘立於東房。君執圭瓚祼尸,大宗執璋瓚亜祼。及迎牲,君執紖,卿大夫従,士執芻。宗婦執盎従夫人薦涚水。君執鸞刀羞嚌,夫人薦豆;此之謂夫婦親之。
書き下し
是の故に、期に先だつこと旬有一日、宮宰夫人を宿(しゅく)し、夫人も亦た散斉七日、致斉三日す。君は外に致斉し、夫人は内に致斉し、然る後に大廟(たいびょう)に会す。君は純冕(じゅんべん)して阼(そ)に立ち、夫人は副褘(ふくき)して東房に立つ。君は圭瓚(けいさん)を執りて尸(し)に祼(かん)し、大宗は璋瓚(しょうさん)を執りて亜祼す。牲を迎うるに及びては、君は紖(しん)を執り、卿大夫従い、士は芻(すう)を執る。宗婦は盎(おう)を執りて夫人に従い、涚水(ぜいすい)を薦む。君は鸞刀(らんとう)を執りて嚌(せい)を羞(すす)め、夫人は豆を薦む。此れをこれ夫婦これを親らすと謂う。
現代語訳
それゆえ祭りの期日の十一日前に、宮宰(きゅうさい、宮中を守る官)が夫人に戒めを告げ、夫人もまた散斎を七日、致斎を三日行う。君主は外で致斎し、夫人は内で致斎し、その後に大廟(始祖の廟)で会する。君主は純冕(黒い祭服と冕冠)を着けて東の階段の上に立ち、夫人は副褘(ふくき、髪飾りと雉を描いた后妃の礼服)を着けて東の房に立つ。君主は圭瓚(けいさん、玉の柄のついた酒杓)を執って尸(し、祖先の霊の代わりとなる人)に香り酒を注いで献じ、大宗(祭祀をつかさどる官)は璋瓚(しょうさん)を執って二度目の献酒を行う。犠牲を迎えるときは、君主が牛を引く綱を執り、卿・大夫がそれに従い、士は敷き藁を執る。宗族の婦人たちは盎(おう、濁りの少ない酒)を執って夫人に従い、酒と明水を供える。君主は鸞刀(らんとう、鈴のついた刀)を執って肺を切り分けて供え、夫人は豆(とう、高坏)を供える。これを「夫婦が自ら行う」というのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・倫理・福を求むるは已に君子の心に非ず郊社は、天地生成の大德に報ゆるなり。然れども災沴には禳有り、順成には祈有り。君の私田を為すは則ち仁、民の公田を為すは則ち忠なり。福を求むるを嫌はず、禍を免るるを嫌はず。子孫の先祖を祭るは、追養繼孝を以てなり。我が祖父母より此の身有るなり。曰く、「先人の澤に賴りて、以て其の餘慶を享く」と。曰く、「吾朝夕奉養して歡を承けしに、一旦復た杯棬を獻ぜず、心悲思して寄する無し、故に祭薦して以て吾が情を伸ぶるなり」と。曰く、「吾貧賤にして菽水を供するに足らず、今鼎食するも親逮ばず、心悲思して及ぶ莫し、故に祭薦して以て吾が悔いを志すなり」と。豈に其の遊魂虛位の能く我を福せんが為に之を求めんや。福を求むるは已に君子の心に非ず。而して一飯の設、數拜の勤を以て、福を先人に求む、仁孝誠敬の心果たして是くのごとくならんや。利を謀らず、報を責めず、其の感激を望まず。他人に在りてすら猶ほ然り、而るに況んや我が先人をや。『詩』の祭は必ず福を言ふ、而して『楚茨』の諸詩を尤も甚だしと為す、豈に訓と為す可けんや。吾獨り『采蘩』『采蘋』の二詩に取る有り。物を盡くし志を盡くし、以て吾が子孫の誠敬を達するのみ、他は及ばざるなり。此の道に明らかならば、則ち天下の萬事萬物皆我の當に為すべき所を盡くし、禍福利害は皆其の自ら至るに聽す。人事脩まりて外慕の心息み、道に向かふこと專らにして作輟の念忘れん。何者ぞ。性分に明らかにして冀悻する所無ければなり。
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『呻吟語』外篇・品藻・古人の笑ふ所宋儒は古に泥み、更に古昔の真偽、今世の是非を考へず。只だ祭祀一節の如し。古人は席地にして飲食に便ならず。故に簠簋籩豆を尚び、其の器は皆な高し。今古人を祭るに之を用ふるは、其の時に從ふなり。子孫の祖考を祭るは、只だ祖考の常に用ひし所の宜しきを用ふ可し。而るに簠簋籩豆是れ設くるは可ならんや。諸の此の類の如きは甚だ多く、皆な古人の笑ふ所なり。古人をして今に生まれしめば、舉動必ず此の如くならざらん。
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論語・八佾篇子曰く、『禘は既に灌より往くもの、吾これを観るを欲せざるなり。』
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