礼記 / 祭統
祭者,所以追養繼孝也。孝者,畜也。順於道不逆於倫,是之謂畜。是故,孝子之事親也,有三道焉:生則養,沒則喪,喪畢則祭。養則觀其順也,喪則觀其哀也,祭則觀其敬而時也。盡此三道者,孝子之行也。
新字:祭者,所以追養継孝也。孝者,畜也。順於道不逆於倫,是之謂畜。是故,孝子之事親也,有三道焉:生則養,没則喪,喪畢則祭。養則観其順也,喪則観其哀也,祭則観其敬而時也。尽此三道者,孝子之行也。
書き下し
祭は、養を追い孝を継ぐ所以なり。孝とは、畜(きく)なり。道に順いて倫に逆らわず、是れをこれ畜と謂う。是の故に、孝子の親に事うるや、三道有り。生けるときは則ち養い、没すれば則ち喪し、喪畢(おわ)れば則ち祭る。養うには則ちその順を観、喪には則ちその哀を観、祭には則ちその敬にして時なるを観る。此の三道を尽くす者は、孝子の行いなり。
現代語訳
祭りとは、生前の養いを死後も追って続け、孝を継ぐためのものである。孝とは「畜(やしな)う」ことである。道に順って人倫に逆らわないこと、これを畜うという。それゆえ孝子が親に仕えるには三つの道がある。生きているうちは養い、亡くなれば喪に服し、喪が終われば祭る。養いにおいてはその順(すなお)さを見、喪においてはその哀しみを見、祭りにおいてはその敬いと時節を守ることを見る。この三つの道を尽くすことが、孝子の行いである。
解説
孝を生・死・死後の三つの局面でとらえる段である。「祭は養を追い孝を継ぐ所以なり」とあるように、祭りは生前の孝養の延長に置かれ、親が亡くなっても孝は終わらないとされる。孝を「畜」と言い換えるのは音の通う訓で、鄭玄は畜を徳の教えに順うことと注す。三道はそれぞれ見るべきものが異なり、養いには順、喪には哀、祭りには敬と時が求められる。形式を守るだけでなく、その場にふさわしい心が表れているかが問われるのである。論語為政篇で孔子が「生けるにはこれに事うるに礼を以てし、死すればこれを葬るに礼を以てし、これを祭るに礼を以てす」と答えたのと同じ枠組みで、孝経紀孝行章にも居・養・病・喪・祭の五つの心得が並ぶ。親の介護、葬儀、法事という今の暮らしの節目に当てはめても、そのとき何が問われているかを考える手がかりになる。
この章句が説くこと
礼記祭統孝喪礼養
関連する章句
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