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礼記 / 祭義

天子有善,讓德於天;諸侯有善,歸諸天子;卿大夫有善,薦於諸侯;士、庶人有善,本諸父母,存諸長老;祿爵慶賞,成諸宗廟;所以示順也。昔者,聖人建陰陽天地之情,立以為《易》。易抱龜南面,天子卷冕北面;雖有明知之心,必進斷其志焉。示不敢專,以尊天也。善則稱人,過則稱己。教不伐以尊賢也。

新字:天子有善,譲徳於天;諸侯有善,帰諸天子;卿大夫有善,薦於諸侯;士、庶人有善,本諸父母,存諸長老;禄爵慶賞,成諸宗廟;所以示順也。昔者,聖人建陰陽天地之情,立以為《易》。易抱亀南面,天子巻冕北面;雖有明知之心,必進断其志焉。示不敢専,以尊天也。善則称人,過則称己。教不伐以尊賢也。

書き下し

天子善有れば、徳を天に譲り、諸侯善有れば、諸(これ)を天子に帰し、卿大夫善有れば、諸侯に薦(すす)め、士・庶人善有れば、諸を父母に本づけ、諸を長老に存し、禄爵慶賞は、諸を宗廟に成す。順を示す所以なり。昔者(むかし)、聖人陰陽天地の情を建て、立てて以て易と為す。易(えき)は亀を抱きて南面し、天子は巻冕(けんべん)して北面す。明知の心有りと雖も、必ず進みてその志を断ず。敢えて専らにせざるを示し、以て天を尊ぶなり。善は則ち人を称し、過ちは則ち己を称す。伐(ほこ)らざるを教えて以て賢を尊ぶなり。

現代語訳

天子に善い行いがあれば、その徳を天に譲る。諸侯に善があれば、それを天子のおかげとする。卿・大夫に善があれば、諸侯に推し進めてその功とする。士や庶民に善があれば、その本を父母に帰し、長老の教えのおかげとする。俸禄や爵位、褒賞を与えるときは、宗廟において命じて成し遂げる。いずれも上に順う心を示すためである。昔、聖人は陰陽と天地のありさまを明らかにし、それを立てて『易』を作った。易(占いをつかさどる官)は亀甲を抱いて南に向き、天子は巻冕(けんべん、礼装の冠と衣)を着けて北に向く。天子は明らかな知恵をもっていても、必ず進み出て、自分の志すところを占いに決してもらう。これは独断しないことを示し、天を尊ぶためである。善いことがあれば人の功とし、過ちがあれば自分の責とする。これは自分の功を誇らないことを教えて、賢者を尊ぶためである。

解説

功と善の帰し方を説く段である。天子は天へ、諸侯は天子へ、卿大夫は諸侯へ、士・庶人は父母と長老へと、善を自分より上のものに帰していく。鄭玄は「禄爵慶賞、諸を宗廟に成す」を宗廟で命を下すことと注し、祭統篇の十倫のうち「爵賞の施し」に当たるとする。後半の「易」は書物ではなく官名で、鄭玄は周礼の大卜(たいぼく)、すなわち三兆・三易・三夢の占いをつかさどる官とする。天子が礼装して北面し、亀を抱く占官が南面するという逆転の構図は、最高の位にある者でも自分の知恵だけで決めず、天の意に問う謙虚さを形にしたものである。結びの「善は則ち人を称し、過ちは則ち己を称す」は坊記篇にも見える君子の心得で、手柄は人に、責任は自分にという今日のリーダー論とそのまま重なる。成果を自分の名で語りたくなるときにこそ思い出したい一句である。

この章句が説くこと

礼記祭義謙譲易功と過

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