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説苑 / 尊賢

魏文侯從中山奔命安邑,田子方從,夫子擊過之,下車而趨,子方坐乘如故,告太子曰:「為我請君,待我朝歌。」太子不說,因為子方曰:「不識貧窮者驕人,富貴者驕人乎?」子方曰:「貧窮者驕人,富貴者安敢驕人,人主驕人而亡其國,吾未見以國待亡者也;大夫驕人而亡其家,吾未見以家待亡者也。貧窮者若不得意,納履而去,安往不得貧窮乎?貧窮者驕人,富貴者安敢驕人。」太子及文侯道田子方之語,文侯歎曰:「微吾子之故,吾安得聞賢人之言,吾下子方以行,得而友之。自吾友子方也,君臣益親,百姓益附,吾是以得友士之功;我欲伐中山,吾以武下樂羊,三年而中山為獻於我,我是以得有武之功。吾所以不少進於此者,吾未見以智驕我者也;若得以智驕我者,豈不及古之人乎?」

新字:魏文侯従中山奔命安邑,田子方従,夫子擊過之,下車而趨,子方坐乗如故,告太子曰:「為我請君,待我朝歌。」太子不説,因為子方曰:「不識貧窮者驕人,富貴者驕人乎?」子方曰:「貧窮者驕人,富貴者安敢驕人,人主驕人而亡其国,吾未見以国待亡者也;大夫驕人而亡其家,吾未見以家待亡者也。貧窮者若不得意,納履而去,安往不得貧窮乎?貧窮者驕人,富貴者安敢驕人。」太子及文侯道田子方之語,文侯嘆曰:「微吾子之故,吾安得聞賢人之言,吾下子方以行,得而友之。自吾友子方也,君臣益親,百姓益附,吾是以得友士之功;我欲伐中山,吾以武下楽羊,三年而中山為献於我,我是以得有武之功。吾所以不少進於此者,吾未見以智驕我者也;若得以智驕我者,豈不及古之人乎?」

書き下し

魏の文侯、中山より安邑に奔命す。田子方之に従う。夫子撃(太子撃)之に過ぐるに、車を下りて趨る。子方坐乗すること故の如し。太子に告げて曰く、「我が為に君に請え、我が朝歌するを待て」と。太子説ばず、因りて子方の為に曰く、「貧窮なる者の人に驕るを識らざるか、富貴なる者の人に驕るをや」と。子方曰く、「貧窮なる者は人に驕る、富貴なる者は安んぞ敢えて人に驕らんや。人主人に驕りて其の国を亡ぼす、吾未だ国を以て亡ぶるを待つ者を見ざるなり。大夫人に驕りて其の家を亡ぼす、吾未だ家を以て亡ぶるを待つ者を見ざるなり。貧窮なる者若し意を得ずんば、履を納れて去る、安くに往くとして貧窮を得ざらんや。貧窮なる者は人に驕る、富貴なる者は安んぞ敢えて人に驕らんや」と。太子及び文侯、田子方の語を道う。文侯歎じて曰く、「吾が子の故に非ずんば、吾安んぞ賢人の言を聞くを得んや。吾子方に下るに行を以てし、得て之を友とせり。吾子方を友としてより、君臣益々親しみ、百姓益々附す、吾是を以て士を友とするの功を得たり。我中山を伐たんと欲するに、吾武を以て楽羊に下る、三年にして中山我に献ぜらる、我是を以て武を有つの功を得たり。吾此に少しく進む所以の者は、吾未だ智を以て我に驕る者を見ざればなり。若し智を以て我に驕る者を得ば、豈古の人に及ばざらんや」と。

現代語訳

魏の文侯が中山から安邑へ急ぎ逃れる際、田子方が従っていた。太子撃が道でこれに出会い、車を下りて小走りに敬意を示したが、子方は座ったまま乗り物に乗り続けた。子方は太子に「私のために君にお願いしてほしい、朝歌で私を待つように」と告げた。太子は不満に思い、子方に向かって「貧しい者が人に驕るのは分かるが、富貴な者が人に驕るものだろうか」と言った。子方は答えた。「貧しい者こそ人に驕るのです。富貴な者がどうして人に驕れましょうか。君主が人に驕れば国を滅ぼす、私は国とともに滅びるのを待つような者をまだ見たことがありません。大夫が人に驕れば家を滅ぼす、私は家とともに滅びるのを待つような者をまだ見たことがありません。貧しい者は思うようにいかなければ、履物を手にして立ち去るだけ、どこへ行っても貧しさから逃れられないだけのことです。だから貧しい者こそ人に驕り、富貴な者はどうして驕れましょうか」と。太子と文侯がこの子方の言葉を伝え聞くと、文侯は嘆いて言った。「あなた(太子)のおかげでなければ、私はどうして賢人の言葉を聞くことができただろうか。私は子方に対して礼を尽くして下り、友とすることができた。子方を友としてから、君臣はますます親しみ、百姓はますます懐いた。私はこうして士を友とする功を得た。中山を討とうとした際には、武勇の点で楽羊にへりくだり、三年で中山は私に献上された。私はこうして武の功を得た。私がこれ以上あまり進歩できずにいるのは、まだ知恵によって私に驕ってくれる者に出会っていないからだ。もし知恵で私に驕ってくれる者を得られたら、どうして昔の賢人に及ばないことがあろうか」と。

解説

「貧しい者こそ驕り、富貴な者は驕れない」という田子方の逆説は、権力や地位を持つ者ほど失うものが大きいという冷厳な計算に基づく。文侯はこの言葉を怒るのではなく、自らを省みる材料として受け止め、賢者への謙譲を統治と軍事の両面での実利に結びつけている。組織のトップや管理職にとって、耳の痛い直言を「生意気だ」と切り捨てるか、自らの驕りを映す鏡として活かすかで、その後に集まる人材の質も組織の成果も大きく変わることを、この逸話は示している。

この章句が説くこと

謙譲驕り知者

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