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礼記 / 祭義

天子設四學,當入學,而大子齒。天子巡守,諸侯待於竟。天子先見百年者。八十、九十者東行,西行者弗敢過;西行,東行者弗敢過。欲言政者,君就之可也。 一命齒於鄉里,再命齒於族,三命不齒。族有七十者,弗敢先。七十者,不有大故不入朝。若有大故而入,君必與之揖讓,而後及爵者。

新字:天子設四学,当入学,而大子歯。天子巡守,諸侯待於竟。天子先見百年者。八十、九十者東行,西行者弗敢過;西行,東行者弗敢過。欲言政者,君就之可也。 一命歯於郷里,再命歯於族,三命不歯。族有七十者,弗敢先。七十者,不有大故不入朝。若有大故而入,君必与之揖譲,而後及爵者。

書き下し

天子四学を設け、学に入るに当たりては、大子(たいし)も歯(よわい)す。天子巡守(じゅんしゅ)すれば、諸侯竟(さかい)に待つ。天子先ず百年の者を見る。八十・九十の者東に行けば、西に行く者敢えて過ぎず。西に行けば、東に行く者敢えて過ぎず。政を言わんと欲する者は、君これに就きて可なり。 一命は郷里に歯し、再命は族に歯し、三命は歯せず。族に七十の者有れば、敢えて先んぜず。七十の者は、大故(たいこ)有らざれば朝に入らず。若し大故有りて入らば、君必ずこれと揖譲(ゆうじょう)して、而る後に爵ある者に及ぶ。

現代語訳

天子は四つの学(都の四方の郊外に置かれた学校)を設け、学に入るときには太子であっても年齢の順に席に就く。天子が諸国を巡る巡守を行うときは、諸侯は国境で出迎える。天子はまず百歳の者に会う。八十、九十の老人が東へ行くのに出会えば、西へ向かう者はあえて素通りせず、老人が西へ行けば、東へ向かう者はあえて素通りしない。老人が政治について語りたいと望むなら、君主の方から出向いて聴くのがよい。 一命(最初の位階)の者は郷里の人々と年齢の順に並び、再命の者は同族の中でだけ年齢の順に並び、三命(列国の卿)の者は年齢の順には並ばない。ただし同族に七十歳の者がいれば、その人より先には入らない。七十歳の者は、大事がなければ朝廷に出ない。もし大事があって出仕したときは、君主は必ずまずその人と揖譲(会釈して譲り合う礼)を交わし、その後で爵位ある者たちに及ぶ。

解説

祭義篇の後半で、年長者を尊ぶ「歯」の礼を説く段である。天子が四郊の学を設け、太子も学んでは年齢順に並ぶのは、身分の頂点に立つ者がまず長幼の序に従う姿を示すためである。鄭玄は四学を周の四郊の虞庠(ぐしょう)と注し、文王世子篇の「一物を行いて三善皆得」を引く。世子が学で年の順に就けば、父子・君臣・長幼の道がともに明らかになるという意である。後半の一命・再命・三命の区別について、孔穎達の疏は郷射・郷飲酒の席次の法とする。官位が上がるほど郷里の齢の列から外れるが、それでも同族の七十の老人には先を譲る。位と齢という二つの尊さを並べて立て、どちらかで他方を押しつぶさない工夫である。「政を言わんと欲する者は、君これに就く」は、年長者の経験を上の者が自ら聴きに行けという教えで、組織の中で年長の知恵をどう遇するかを考える手がかりになる。

この章句が説くこと

礼記祭義長幼敬老学校

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