礼記 / 祭義
曾子曰:「孝有三:大孝尊親,其次弗辱,其下能養。」 公明儀問於曾子:「夫子可以為孝乎?」曾子曰:「是何言與?是何言與?君子之所為孝者:先意承志,諭父母於道。參,直養者也,安能為孝乎?」
新字:曽子曰:「孝有三:大孝尊親,其次弗辱,其下能養。」 公明儀問於曽子:「夫子可以為孝乎?」曽子曰:「是何言与?是何言与?君子之所為孝者:先意承志,諭父母於道。参,直養者也,安能為孝乎?」
書き下し
曾子曰く、「孝に三有り。大孝は親を尊び、その次は辱めず、その下は能く養う」と。 公明儀、曾子に問う、「夫子は以て孝と為すべきか」と。曾子曰く、「是れ何の言ぞや、是れ何の言ぞや。君子の孝と為す所の者は、意に先んじ志を承け、父母を道に諭すなり。参は、直だ養う者なり。安んぞ能く孝と為さんや」と。
現代語訳
曾子は言った。「孝には三つの段階がある。最上の孝は親を世に尊ばれるようにすることであり、その次は親の名を辱めないことであり、最も下は親をよく養うことである」。 公明儀(曾子の弟子)が曾子に尋ねた。「先生は孝行者といってよいでしょうか」。曾子は言った。「何ということを言うのか、何ということを言うのか。君子が孝とするのは、親の思いを先回りして察し、その志を受け継ぎ、父母を正しい道へと導いてゆくことである。私はただ親を養っているだけの者にすぎない。どうして孝行者といえようか」。
解説
祭義篇の後半には、孝で知られた曾子のことばがまとめて収められており、この段はその最初である。孝に三等があり、最上は親を尊ばれるようにすること、次は親を辱めないこと、最も下は養うことという。衣食の世話はもちろん大切だが、それは孝の入り口にすぎず、自分の生き方によって親の名を高め、少なくとも汚さないことこそが重いというのである。後半で弟子に孝行者と言われた曾子は、自分はただ養っているだけだと強く否定する。君子の孝とは、親の思いを先回りして汲み、志を継ぎ、さらに親を道に導くことだという。曾子は論語で「吾日に三たび吾が身を省みる」と述べた人であり、自己評価の厳しさがここにも表れている。ほぼ同じ文が大戴礼記の曾子大孝篇にも見える。論語為政篇で、孔子が今の孝は養うことばかりで、犬や馬でさえ養われる、敬わなければ何で区別するのかと述べたことにも通じる。親の介護や仕送りに追われる現代にあって、それとは別の次元の孝があることを思い出させる段である。
この章句が説くこと
礼記曽子孝親祭義
関連する章句
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論語・為政篇子游孝を問う。子曰く、「今の孝者は、是れ能く養うと謂う。犬馬に至るまで、皆能く養うこと有り。敬せずんば、何を以て別たんや。」
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論語・為政篇子夏孝を問う。子曰く、「色難し。事有れば弟子其の労に服し、酒食有れば先生に饌(まかな)う。曾て是を以て孝と為さんや。」
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論語・里仁篇子曰く、三年父の道を改むること無きは、孝と謂う可し。
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