礼記 / 祭義
天下之禮:致反始也,致鬼神也,致和用也,致義也,致讓也。致反始,以厚其本也;致鬼神,以尊上也;致物用,以立民紀也;致義,則上下不悖逆矣;致讓,以去爭也。合此五者,以治天下之禮也。雖有奇邪,而不治者,則微矣。
新字:天下之礼:致反始也,致鬼神也,致和用也,致義也,致譲也。致反始,以厚其本也;致鬼神,以尊上也;致物用,以立民紀也;致義,則上下不悖逆矣;致譲,以去争也。合此五者,以治天下之礼也。雖有奇邪,而不治者,則微矣。
書き下し
天下の礼は、反始を致すなり、鬼神を致すなり、和用を致すなり、義を致すなり、譲を致すなり。反始を致すは、以てその本を厚くするなり。鬼神を致すは、以て上を尊ぶなり。物用を致すは、以て民の紀を立つるなり。義を致せば、則ち上下悖逆(はいぎゃく)せず。譲を致すは、以て争いを去るなり。此の五者を合わせて、以て天下を治むるの礼なり。奇邪(きじゃ)有りて治まらざる者有りと雖も、則ち微なり。
現代語訳
天下の礼とは、始まり(根源)に立ち返ることを尽くし、鬼神(祖先の霊と神々)に仕えることを尽くし、物を調和させて用いることを尽くし、義を尽くし、譲り合いを尽くすことである。始まりに立ち返ることを尽くすのは、根本を厚く大切にするためである。鬼神に仕えることを尽くすのは、上を尊ぶためである。物を用いることを尽くすのは、民の暮らしの秩序を立てるためである。義を尽くせば、上と下とが背き逆らうことがなくなる。譲り合いを尽くすのは、争いを取り除くためである。この五つを合わせたものが、天下を治める礼である。それでもなお、よこしまな者がいて治まらないことがあっても、それはごくわずかにすぎない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』襄公十三年 譲は礼の主なり君子曰く、「讓は禮の主なり。范宣子讓りて、其の下皆讓る。欒黶汰(おご)ると為すも、敢へて違はず。晉國以て平らかにして、數世之に賴る。善に刑(のつと)ればなり。一人善に刑れば、百姓休和す。務めざるべけんや。書に曰く、『一人慶有れば、兆民之に賴る。其の寧きこと惟れ永し』と。其れ是の謂ひか。周の興るや、其の詩に曰く、『文王に儀刑すれば、萬邦孚を作す』と。善に刑るを言ふなり。其の衰ふるに及びてや、其の詩に曰く、『大夫均しからず、我事に從ひて獨り賢(らう)す』と。讓らざるを言ふなり。世の治まるや、君子は能を尚びて其の下に讓り、小人は農力して以て其の上に事ふ。是を以て上下禮有りて、讒慝黜遠せらる。爭はざるに由るなり。之を懿德と謂ふ。其の亂るるに及びてや、君子は其の功を稱して以て小人に加へ、小人は其の技を伐(ほこ)りて以て君子を馮(しの)ぐ。是を以て上下禮無く、亂虐並び生ず。善を爭ふに由るなり。之を昏德と謂ふ。國家の敝るるは、恆に必ず之に由る」と。
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司馬法・嚴位自ら子(よ)するに循わざるを以てし、賢を争うに以て為し、人其の心を説(よろこ)ばしめ、其の力を效(いた)す。
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司馬法・天子之義上苟も不善を以て己に在りとせば、必ず其の過ちを悔ゆ。下苟も不善を以て己に在りとせば、必ず其の罪に遠ざかる。上下悪を分かつこと此くの若きは、譲の至りなり。
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司馬法・天子之義上苟も善を伐(ほこ)らざれば、則ち驕らず。下苟も善を伐らざれば、必ず等を亡(な)くす。上下善を伐らざること此くの若きは、譲の至りなり。
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『忍経』謝罪敦睦・能く忍ぶと忍ぶ能はざるとの間蘇子曰く「高帝の勝つ所以、項籍の敗るる所以は、能く忍ぶと忍ぶ能はざるとの間に在るのみ。項籍は忍ぶ能はず、是を以て百戰百勝して輕しく其の鋒を用ふ。高祖は之を忍び、其の全鋒を養ひて其の弊を待つ」と。 孝友先生朱仁軌、隱居して親を養ひ、常に子弟に誨へて曰く「終身路を讓るも、百步を枉げず。終身畔を讓るも、一段を失はず」と。 吳湊、僚吏は大過に非ずんば榜責せず、召して廷に至らしめて詰り、厚くして之を去らしむ。其の下傳へて相訓勉し、舉げて稽事無し。
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『忍経』拔藩益地陳囂、民の紀伯と鄰を為す。伯夜竊かに囂の地を藩して自ら益す。囂之を見、伯の去るを伺ひて後、密かに其の藩一丈を拔き、地を以て伯に益す。伯之を覺り、慚惶して、自ら侵す所を還し、又卻くこと一丈。太守周府君、囂の德義を高しとし、石に刻みて其の閭を旌表し、號して「義里」と曰ふ。
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