礼記 / 祭義
郊之祭,大報天而主日,配以月。夏后氏祭其闇,殷人祭其陽,周人祭日,以朝及闇。祭日於壇,祭月於坎;以別幽明,以制上下。祭日於東,祭月於西;以別外內,以端其位。日出於東,月生於西。陰陽長短,終始相巡,以致天下之和。
新字:郊之祭,大報天而主日,配以月。夏后氏祭其闇,殷人祭其陽,周人祭日,以朝及闇。祭日於壇,祭月於坎;以別幽明,以制上下。祭日於東,祭月於西;以別外内,以端其位。日出於東,月生於西。陰陽長短,終始相巡,以致天下之和。
書き下し
郊の祭は、大いに天に報いて日を主とし、配するに月を以てす。夏后氏はその闇に祭り、殷人はその陽に祭り、周人は日に祭り、朝を以て闇に及ぶ。日を壇に祭り、月を坎に祭る。以て幽明を別ち、以て上下を制す。日を東に祭り、月を西に祭る。以て外内を別ち、以てその位を端(ただ)す。日は東より出で、月は西に生ず。陰陽長短、終始相巡り、以て天下の和を致す。
現代語訳
郊の祭りは、天の恵みに大いに報いる祭りであり、日を主として祭り、月をこれに配する。夏后氏(夏の王朝)は日が暮れた暗いうちに祭り、殷の人は日の明るいうちに祭り、周の人は日中に祭り、朝から始めて日暮れまで続けた。日は壇の上で祭り、月は坎(地を掘った穴)で祭る。こうして暗と明とを区別し、上と下とを定める。日は東で祭り、月は西で祭る。こうして外と内とを区別し、それぞれの位置を正す。日は東から昇り、月は西に生まれる(新月は西の空に現れる)。陰と陽、長いと短いとが、終わっては始まり互いに巡り合って、それによって天下の調和がもたらされる。
解説
天を祭る郊祭の意味と、日月の祭り方を述べた段である。郊祭は天の恵みに大いに報いる祭りで、天の働きの中でも最も明らかな日を主とし、月をこれに配する。夏・殷・周の三代で祭る時刻が違い、夏は暗いうちに、殷は明るいうちに、周は朝から晩までと記されるのは、王朝ごとに尊ぶものが違ったという伝えによる。日は高く築いた壇で、月は地を掘った坎で祭り、日は東で、月は西で祭る。壇と坎、東と西の対比によって、明と暗、上と下、外と内が区別され、それぞれの位置が正される。日が東から昇り、新月が西の空に現れるという観察が、祭りの配置の根拠になっている。結びの「陰陽長短、終始相巡り、以て天下の和を致す」は、対立するものが互いに巡ることで調和が生まれるという、礼記全体に通じる世界観を示す。昼と夜、働くことと休むこと、始めることと終えること。一方だけでは続かないという感覚は、今の暮らしの調子を整えるうえでもそのまま通じる。
この章句が説くこと
礼記祭義郊祭日月陰陽
関連する章句
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礼記・祭法祭法。有虞氏は黄帝を禘(てい)して嚳(こく)を郊し、顓頊(せんぎょく)を祖として堯を宗とす。夏后氏も亦黄帝を禘して鯀(こん)を郊し、顓頊を祖として禹を宗とす。殷人は嚳を禘して冥を郊し、契(せつ)を祖として湯を宗とす。周人は嚳を禘して稷を郊し、文王を祖として武王を宗とす。 柴を泰壇に燔(や)くは、天を祭るなり。泰折(たいせつ)に瘞埋(えいまい)するは、地を祭るなり。騂犢(せいとく)を用う。少牢を泰昭に埋むるは、時を祭るなり。坎壇に相近(そうきん)するは、寒暑を祭るなり。王宮は、日を祭るなり。夜明は、月を祭るなり。幽宗は、星を祭るなり。雩宗(うそう)は、水旱を祭るなり。四坎壇は、四方を祭るなり。山林・川谷・丘陵の、能く雲を出だし、風雨を為し、怪物を見(あらわ)すは、皆神と曰う。天下を有つ者は、百神を祭る。諸侯は、その地に在れば則ちこれを祭り、その地を亡(うしな)えば則ち祭らず。
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孔子家語・郊問定公孔子に問いて曰わく:「古の帝王必ず其の祖を郊祀して以て天に配す、何ぞや。」孔子對えて曰わく:「萬物は天に本づき、人は祖に本づく。郊の祭りは、大いに本に報い始めに反るなり。故に以て上帝に配す。天象を垂れ、聖人之に則る。郊は天道を明らかにする所以なり。」公曰わく:「寡人郊するも同じからず、何ぞや。」孔子曰わく:「郊の祭りは、長日の至るを迎うるなり。大いに天に報いて日を主とし配するに月を以てす。故に周の始めて郊するや、其の月は日至を以てし、其の日は上辛を用う。啟蟄の月に至りては、則ち又穀を上帝に祈る。此の二者は天子の禮なり。魯は冬至無く、大郊の事は天子より降殺す、是を以て同じからざるなり。」
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礼記・郊特牲有虞氏の祭は、気を用うるを尚ぶ。血腥爓(けつせいせん)の祭は、気を用うるなり。殷人は声を尚ぶ。臭味未だ成らざるに、其の声を滌蕩(できとう)す。楽三たび闋(や)みて、然る後に出でて牲を迎う。声音の号は、天地の間に詔告する所以なり。周人は臭を尚ぶ。灌するに鬯臭を用い、鬱を鬯に合わす。臭は、陰は淵泉に達す。灌するに圭璋を以てするは、玉気を用うるなり。既に灌して、然る後に牲を迎うるは、陰気を致すなり。蕭(しょう)を黍稷に合わす。臭は、陽は牆屋(しょうおく)に達す。故に既に奠して、然る後に蕭を焫(や)きて羶薌(せんきょう)を合わす。凡そ祭は、これを慎め。魂気は天に帰し、形魄は地に帰す。故に祭は、これを陰陽に求むるの義なり。殷人は先ずこれを陽に求め、周人は先ずこれを陰に求む。祝に室に詔げ、尸(し)を堂に坐せしめ、牲を庭に用い、首を室に升(のぼ)す。直祭には主に祝し、索祭には祊(ほう)に祝す。神の在る所を知らず、彼においてか、此においてか、或いは諸(これ)を人に遠ざくるか。祊に祭るは、尚(こいねが)わくは諸を遠きに求むと曰わんか。祊の言たる倞(もと)むるなり、肵(き)の言たる敬なり。富なる者は福なり、首なる者は直なり。相は、これを饗するなり。嘏(か)は、長なり、大なり。尸は、陳なり。毛血は、幽全の物を告ぐるなり。幽全の物を告ぐるは、純を貴ぶの道なり。
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