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礼記 / 祭義

孝子之祭也,盡其愨而愨焉,盡其信而信焉,盡其敬而敬焉,盡其禮而不過失焉。進退必敬,如親聽命,則或使之也。孝子之祭,可知也。其立之也,敬以詘;其進之也,敬以愉;其薦之也,敬以欲;退而立,如將受命;已徹而退,敬齊之色不絕於面。孝子之祭也,立而不詘,固也;進而不愉,疏也;薦而不欲,不愛也;退立而不如受命,敖也;已徹而退,無敬齊之色,而忘本也。如是而祭,失之矣。孝子之有深愛者,必有和氣;有和氣者,必有愉色;有愉色者,必有婉容。孝子如執玉、如奉盈,洞洞屬屬然,如弗勝,如將失之。嚴威儼恪,非所以事親也,成人之道也。

新字:孝子之祭也,尽其愨而愨焉,尽其信而信焉,尽其敬而敬焉,尽其礼而不過失焉。進退必敬,如親聴命,則或使之也。孝子之祭,可知也。其立之也,敬以詘;其進之也,敬以愉;其薦之也,敬以欲;退而立,如将受命;已徹而退,敬斉之色不絶於面。孝子之祭也,立而不詘,固也;進而不愉,疏也;薦而不欲,不愛也;退立而不如受命,敖也;已徹而退,無敬斉之色,而忘本也。如是而祭,失之矣。孝子之有深愛者,必有和気;有和気者,必有愉色;有愉色者,必有婉容。孝子如執玉、如奉盈,洞洞属属然,如弗勝,如将失之。厳威儼恪,非所以事親也,成人之道也。

書き下し

孝子の祭るや、その愨を尽くして愨なり、その信を尽くして信なり、その敬を尽くして敬なり、その礼を尽くして過失せず。進退必ず敬し、親の命を聴くが如くなれば、則ち或いはこれを使うなり。孝子の祭、知るべきなり。その立つや、敬以て詘(くっ)す。その進むや、敬以て愉(たの)しむ。その薦むるや、敬以て欲す。退きて立つや、将に命を受けんとするが如し。已に徹して退くや、敬斉の色面に絶えず。孝子の祭るや、立ちて詘せざるは、固なり。進みて愉しまざるは、疏なり。薦めて欲せざるは、愛せざるなり。退き立ちて命を受くるが如くならざるは、敖(おご)るなり。已に徹して退きて、敬斉の色無きは、本を忘るるなり。是くの如くにして祭るは、これを失えり。孝子の深愛有る者は、必ず和気有り。和気有る者は、必ず愉色有り。愉色有る者は、必ず婉容有り。孝子は玉を執るが如く、盈(み)てるを奉ずるが如く、洞洞属属然として、勝えざるが如く、将にこれを失わんとするが如し。厳威儼恪(げんいげんかく)は、親に事うる所以に非ざるなり、成人の道なり。

現代語訳

孝子が祭るときは、真心を尽くして真心をこめ、誠実さを尽くして誠実であり、敬いを尽くして敬い、礼を尽くして誤りがない。進むにも退くにも必ず敬い、まるで親の言いつけを聞いているかのようであれば、あるいは親の霊が本当に使ってくれているかのようになる。孝子の祭りがどういうものかは、その姿を見れば分かる。立っているときは、敬って身をかがめている。進み出るときは、敬いつつ喜ばしげである。供物を進めるときは、敬いつつ受けてもらいたいと願う。退いて立つときは、今にも命を受けようとするかのようである。供物を下げて退いた後も、敬い慎む表情が顔から消えない。孝子の祭りで、立っていて身をかがめないのは、かたくなである。進み出て喜ばしげでないのは、よそよそしいのである。供物を進めて受けてもらいたいと願わないのは、愛していないのである。退いて立って命を受けるようでないのは、驕っているのである。供物を下げて退いた後に敬い慎む表情がないのは、根本(親)を忘れているのである。このようにして祭るのは、祭りの道を失っている。深い愛情を持つ孝子には、必ず和やかな気配がある。和やかな気配がある者には、必ず喜ばしげな顔色がある。喜ばしげな顔色がある者には、必ず柔らかな物腰がある。孝子は玉を手に持つように、なみなみと満ちた器を捧げ持つように、つつしみ深く一心で、重さに耐えないかのように、今にも取り落とすかのようにふるまう。いかめしく厳しく近寄りがたい態度は、親に仕えるためのものではない。それは一人前の大人として世に立つための道である。

解説

孝子が祭るときの立ち居振る舞いを、正しい姿と誤った姿の対比で描いた段である。立つ、進む、供える、退く、下げた後という五つの場面について、それぞれ「敬以て詘す」「敬以て愉しむ」と正しい姿が示され、次に同じ五つの場面の失敗が「固」「疏」「不愛」「敖」「忘本」と名指される。敬うことと喜ぶこと、慎むことと親しむことが、一つの所作の中で両立していなければならないのである。とりわけ印象深いのは結びの一文である。深い愛があれば和気があり、和気があれば喜ばしげな顔色があり、それがあれば柔らかな物腰がある。これに対して「厳威儼恪」、すなわちいかめしく近寄りがたい態度は、親に仕える道ではなく、世に立つ成人の道だとする。論語為政篇で子夏が孝を問うたとき、孔子が「色難し」、つまり顔色を和らげることこそ難しいと答えたことと重なる。外で見せる威厳と、家族に向ける柔らかさとを取り違えないこと。職場の顔のまま親に接していないかを省みさせる段である。

この章句が説くこと

礼記祭義孝和気振る舞い

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