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礼記 / 喪大記

君之喪,子、大夫、公子、眾士皆三日不食。子、大夫、公子食粥,納財,朝一溢米,莫一溢米,食之無算;士疏食水飲,食之無算;夫人世婦諸妻皆疏食水飲,食之無算。大夫之喪,主人室老子姓皆食粥;眾士疏食水飲;妻妾疏食水飲。士亦如之。既葬,主人疏食水飲,不食菜果;婦人亦如之。君大夫士一也。練而食菜果,祥而食肉。食粥於盛不盥,食於篹者盥。食菜以醯醬,始食肉者先食乾肉,始飲酒者先飲醴酒。期之喪,三不食;食:疏食水飲,不食菜果,三月既葬,食肉飲酒。期終喪,不食肉,不飲酒,父在為母,為妻。九月之喪,食飲猶期之喪也,食肉飲酒,不與人樂之。五月三月之喪,壹不食再不食可也。比葬,食肉飲酒,不與人樂之。叔母、世母、故主、宗子食肉飲酒。不能食粥,羹之以菜可也;有疾,食肉飲酒可也。五十不成喪,七十唯衰麻在身。既葬,若君食之則食之;大夫父之友食之則食之矣。不辟粱肉,若有酒醴則辭。

新字:君之喪,子、大夫、公子、衆士皆三日不食。子、大夫、公子食粥,納財,朝一溢米,莫一溢米,食之無算;士疏食水飲,食之無算;夫人世婦諸妻皆疏食水飲,食之無算。大夫之喪,主人室老子姓皆食粥;衆士疏食水飲;妻妾疏食水飲。士亦如之。既葬,主人疏食水飲,不食菜果;婦人亦如之。君大夫士一也。練而食菜果,祥而食肉。食粥於盛不盥,食於篹者盥。食菜以醯醬,始食肉者先食乾肉,始飲酒者先飲醴酒。期之喪,三不食;食:疏食水飲,不食菜果,三月既葬,食肉飲酒。期終喪,不食肉,不飲酒,父在為母,為妻。九月之喪,食飲猶期之喪也,食肉飲酒,不与人楽之。五月三月之喪,壱不食再不食可也。比葬,食肉飲酒,不与人楽之。叔母、世母、故主、宗子食肉飲酒。不能食粥,羹之以菜可也;有疾,食肉飲酒可也。五十不成喪,七十唯衰麻在身。既葬,若君食之則食之;大夫父之友食之則食之矣。不辟粱肉,若有酒醴則辞。

書き下し

君の喪には、子・大夫・公子・衆士皆三日食わず。子・大夫・公子は粥を食い、財を納むるに、朝に一溢(いつ)の米、莫(くれ)に一溢の米、これを食うこと算無し。士は疏食水飲し、これを食うこと算無し。夫人・世婦・諸妻は皆疏食水飲し、これを食うこと算無し。大夫の喪には、主人・室老・子姓皆粥を食い、衆士は疏食水飲し、妻妾は疏食水飲す。士も亦これの如くす。既に葬れば、主人は疏食水飲し、菜果を食わず。婦人も亦これの如くす。君・大夫・士一なり。練して菜果を食い、祥して肉を食う。粥を盛(せい)に食うには盥(てあら)わず、篹(さん)に食う者は盥う。菜を食うに醯醤(けいしょう)を以てし、始めて肉を食う者は先ず乾肉を食い、始めて酒を飲む者は先ず醴酒を飲む。期の喪には、三たび食わず。食うに、疏食水飲し、菜果を食わず、三月にして既に葬れば、肉を食い酒を飲む。期にして喪を終うるまで肉を食わず、酒を飲まざるは、父在りて母の為にし、妻の為にするなり。九月の喪には、食飲は猶お期の喪のごとくなり。肉を食い酒を飲むも、人とこれを楽しまず。五月・三月の喪には、壱(ひと)たび食わず再び食わざるも可なり。葬に比(およ)びて、肉を食い酒を飲むも、人とこれを楽しまず。叔母・世母・故主・宗子には肉を食い酒を飲む。粥を食うこと能わざれば、これを羹(あつもの)にするに菜を以てして可なり。疾有れば、肉を食い酒を飲みて可なり。五十にして喪を成さず、七十には唯だ衰麻身に在るのみ。既に葬りて、若し君これに食わしむれば則ちこれを食う。大夫・父の友これに食わしむれば則ちこれを食う。粱肉を辟(さ)けず、若し酒醴有れば則ち辞す。

現代語訳

君の喪では、世子・大夫・公子・一般の士はみな三日間食事をとらない。その後、世子・大夫・公子は粥を食べ、支給される米は朝に一溢(一升の二十四分の一)、夕に一溢で、食べる回数は決めない。士は粗末な飯と水だけで、回数は決めない。夫人・世婦・側室たちもみな粗末な飯と水で、回数は決めない。大夫の喪では、喪主・室老・子孫はみな粥を食べ、一般の士は粗末な飯と水、妻妾も粗末な飯と水とする。士の喪でも同様である。葬った後は、喪主は粗末な飯と水をとるが、野菜や果物は食べない。婦人も同じである。これは君・大夫・士とも同じである。一周忌の練祭を過ぎれば野菜や果物を食べ、二周忌の祥祭を過ぎれば肉を食べる。粥を器(盛)からすするときは手を洗わないが、竹の籠(篹)から飯を手で取って食べるときは手を洗う。野菜を食べ始めるときは酢と醤で味をつけ、肉を食べ始める者はまず干し肉から、酒を飲み始める者はまず甘酒から始める。一年の喪(期の喪)では、三食抜く。食べるときは粗末な飯と水だけで、野菜や果物は食べず、三か月たって葬れば肉を食べ酒を飲む。一年の喪の終わりまで肉も酒も口にしないのは、父が存命中に母のために服する場合と、妻のために服する場合である。九か月の喪(大功)では、飲食は一年の喪と同じである。肉を食べ酒を飲んでも、人と楽しむことはしない。五か月・三か月の喪では、一食か二食抜けばよい。葬るころになれば肉を食べ酒を飲むが、人と楽しむことはしない。叔母・伯母・かつての主君・宗家の長の喪では、肉を食べ酒を飲んでよい。粥が喉を通らなければ、野菜を入れた汁物にしてよい。病気であれば、肉を食べ酒を飲んでよい。五十歳になれば喪の礼をすべて尽くさなくてよく、七十歳になれば喪服と麻の帯を身に着けるだけでよい。葬った後、君が食事を勧めてくれれば食べる。大夫や父の友人が食事を勧めてくれれば食べる。上等の飯や肉でも避けないが、酒や甘酒が出されれば辞退する。

解説

喪中の飲食を、喪の重さと時期と身分に応じて細かく定めた段である。三日食べず、粥から粗末な飯へ、葬った後も野菜や果物は控え、一周忌の練祭で野菜、二周忌の祥祭で肉と、悲しみの深さに合わせて食べ物が段階的に戻ってゆく。食べ始めるにも干し肉から、甘酒からと、体と心をいきなり日常に戻さない配慮がある。とはいえ、この段が一方的な禁欲を説いているわけではない。粥が喉を通らなければ菜の汁でよく、病があれば肉も酒もよく、五十を過ぎれば喪を尽くさず、七十なら喪服だけでよいとする。喪によって命を損なっては本末転倒だからで、論語で孔子が喪は易(おさ)めるより戚(いた)むほうがよいと述べた精神とも重なる。形の規定は厳しいが、その根は悲しみの自然な回復の歩みにあり、人それぞれの体を損なわない逃げ道も用意されている。喪の後の食欲の戻り方を責めない知恵として読める。

この章句が説くこと

礼記喪大記飲食節度喪礼

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