礼記 / 雑記下
孔子曰:「吾食於少施氏而飽,少施氏食我以禮。吾祭,作而辭曰:『疏食不足祭也。』吾飧,作而辭曰:『疏食也,不敢以傷吾子。』」納幣一束:束五兩,兩五尋。 婦見舅姑,兄弟、姑姊妹,皆立於堂下,西面北上,是見已。見諸父,各就其寢。
新字:孔子曰:「吾食於少施氏而飽,少施氏食我以礼。吾祭,作而辞曰:『疏食不足祭也。』吾飧,作而辞曰:『疏食也,不敢以傷吾子。』」納幣一束:束五両,両五尋。 婦見舅姑,兄弟、姑姊妹,皆立於堂下,西面北上,是見已。見諸父,各就其寝。
書き下し
孔子曰く、「吾、少施(しょうし)氏に食して飽く。少施氏、我を食(やしな)うに礼を以てす。吾祭れば、作(た)ちて辞して曰く、『疏食(そし)は祭るに足らざるなり』と。吾飧(そん)すれば、作ちて辞して曰く、『疏食なり、敢えて以て吾子(ごし)を傷つけず』と」と。幣を納るること一束、束は五両、両は五尋(じん)。 婦、舅姑に見(まみ)ゆるに、兄弟・姑姊妹は、皆堂下に立ち、西面北上す。是れ見え已(おわ)る。諸父に見ゆるには、各々その寝に就く。
現代語訳
孔子は言った。「私は少施氏(魯の大夫の家)のもてなしを受けて、満腹するまで食べた。少施氏が礼をもって私に食事を出してくれたからである。私が食前に食物を少し取り分けて祭ろうとすると、主人は立ち上がって辞退し、『粗末な食事で、祭るほどのものではございません』と言った。私が食後に汁かけ飯でさらに食べ進めると、主人はまた立ち上がって辞退し、『粗末な食事ですから、無理に召し上がってお体を損ねてはいけません』と言った」。 婚礼で納める幣(結納の絹)は一束で、一束は五両(十端を二端ずつ巻いたもの)、一両の長さは五尋(一尋は八尺)である。 嫁が舅姑に目通りするとき、夫の兄弟やおば・姉妹は、みな堂の下に立ち、西を向いて北を上座として並ぶ。これで彼らへの目通りも済んだことになる。夫のおじたちに目通りするときは、それぞれの住まいに出向いて行う。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孔子家語・曲禮子夏問孔子、季氏に食す、食祭するに、主人辞せず食せず、亦た飲まずして餐す、子夏問いて曰く、「礼か」と。孔子曰く、「礼に非ざるなり、主人に従うなり。吾少施氏に食して飽けり、少施氏我に食するに礼を以てす、吾食祭するに、作ちて辞して曰く、『疏食祭するに足らざるなり』と。吾餐して作ちて辞して曰く、『疏食敢えて吾が子の性を傷なわず』と。主人礼を以てせざれば、客敢えて礼を尽くさず、主人礼を尽くせば、則ち客敢えて礼を尽くさざらんや」と。
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礼記・玉藻童子の節や、緇布衣(しふい)に錦の縁、錦の紳、并びに紐も錦、束髪は皆朱錦なり。童子は裘せず帛せず、屨に絇(く)せず、緦服(しふく)無し。事を聴くには麻せず、事無ければ則ち主人の北に立ちて面す。先生に見(まみ)ゆるには人に従いて入る。先生の爵を異にする者に侍食するには、後に祭り先に飯す。客祭れば、主人辞して曰く、「祭るに足らざるなり」と。客飧(そん)すれば、主人辞するに疏(そ)を以てす。主人自ら其の醤を置けば、則ち客自ら之を徹す。一室の人は、賓客に非ざれば、一人徹す。壹食(いっしょく)の人は、一人徹す。凡そ燕食には、婦人は徹せず。棗桃李を食するには、核に致さず。瓜は上環を祭り、中を食して操る所を棄つ。凡そ果実を食する者は君子に後れ、火孰(かじゅく)の者は君子に先んず。慶有りて、君の賜に非ざれば賀せず。孔子季氏に食す、辞せず、肉を食わずして飧す。
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礼記・雑記下服有りて、人これを食に召すも、往かず。大功以下は、既に葬りて、人に適き、人これに食わしむれば、その党ならばこれを食い、その党に非ざれば食わざるなり。功衰には菜果を食い、水漿を飲み、塩酪無し。食を食う能わざれば、塩酪も可なり。 孔子曰く、「身に瘍(よう)有れば則ち浴し、首に創有れば則ち沐し、病めば則ち酒を飲み肉を食う。毀瘠(きせき)して病を為すは、君子為さざるなり。毀して死するは、君子これを無子と謂う」と。
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礼記・少儀衣服躬(み)に在りて、其の名を知らざるを罔(もう)と為す。其の未だ燭有らずして後に至る者には、則ち在る者を以て告ぐ。瞽を道(みちび)くも亦然り。凡そ飲酒に献主と為る者は、燭を執り燋(しょう)を抱き、客作(た)ちて辞し、然る後に以て人に授く。燭を執るものは譲らず、辞せず、歌わず。洗盥して食飲を執る者は気すること勿かれ。問うこと有れば、則ち咡(じ)を辟(さ)けて対(こた)う。人の為に祭るを致福と曰い、己の為に祭りて膳を君子に致すを膳と曰い、祔・練には告と曰う。凡そ膳の君子に告ぐるには、主人之を展(あらた)め、以て使者に阼階(そかい)の南に授け、南面して再拝稽首して送る。反命すれば、主人又再拝稽首す。其の礼は、大牢には則ち牛の左肩・臂臑(ひじゅ)を以てし、折りて九個。少牢には則ち羊の左肩を以てし七個。特豕には則ち豕の左肩を以てし五個。国家靡敝(びへい)すれば、則ち車は雕幾(ちょうき)せず、甲は組縢(そとう)せず、食器は刻鏤(こくる)せず、君子は糸屨(しく)を履まず、馬は常に秣(まぐさ)せず。
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礼記・坊記子云う、「祭祀の尸(し)有り、宗廟の主有るは、民に事うる有るを示すなり。宗廟を修め、祀事を敬するは、民に追孝を教うるなり。此を以て民を坊ぐも、民猶お其の親を忘る」と。 子云う、「敬すれば則ち祭器を用う。故に君子は菲(うす)きを以て礼を廃せず、美を以て礼を没せず。故に食礼に、主人親ら饋(すす)むれば、則ち客祭る。主人親ら饋めざれば、則ち客祭らず。故に君子苟も礼無ければ、美なりと雖も食らわず。《易》に曰く、『東隣の牛を殺すは、西隣の禴祭(やくさい)して、実に其の福を受くるに如かず』と。《詩》に云う、『既に酔わしむるに酒を以てし、既に飽かしむるに徳を以てす』と。此を以て民に示すも、民猶お利を争いて義を忘る」と。
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礼記・雑記下凡そ祭喪に侍する者は、賓に薦を祭るを告げて食わず。 子貢、喪を問う。子曰く、「敬を上と為し、哀これに次ぎ、瘠(せき)を下と為す。顔色はその情に称(かな)い、戚容はその服に称う」と。兄弟の喪を請い問う。子曰く、「兄弟の喪は、則ち書策に存す」と。君子は人の喪を奪わず、亦た喪を奪うべからざるなり。
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