礼記 / 雑記下
妻出,夫使人致之曰:「某不敏,不能從而共粢盛,使某也敢告於侍者。」主人對曰:「某之子不肖,不敢辟誅,敢不敬須以俟命。」使者退,主人拜送之。如舅在,則稱舅;舅沒,則稱兄;無兄,則稱夫。主人之辭曰:「某之子不肖。」如姑姊妹,亦皆稱之。
新字:妻出,夫使人致之曰:「某不敏,不能従而共粢盛,使某也敢告於侍者。」主人対曰:「某之子不肖,不敢辟誅,敢不敬須以俟命。」使者退,主人拝送之。如舅在,則称舅;舅没,則称兄;無兄,則称夫。主人之辞曰:「某之子不肖。」如姑姊妹,亦皆称之。
書き下し
妻出ださるるに、夫、人をしてこれを致さしめて曰く、「某不敏にして、従いて粢盛(しせい)を共(そな)うること能わず。某をして敢えて侍者に告げしむ」と。主人対えて曰く、「某の子不肖にして、敢えて誅を辟(さ)けず。敢えて敬須して以て命を俟たざらんや」と。使者退けば、主人拝してこれを送る。如し舅(しゅう)在らば、則ち舅を称し、舅没すれば、則ち兄を称し、兄無ければ、則ち夫を称す。主人の辞に曰く、「某の子不肖なり」と。如し姑・姊妹ならば、亦皆これを称す。
現代語訳
妻を離縁して実家に帰すときは、夫は人を遣わして送り届けさせ、こう言わせる。「某は不敏で、妻とともに祭りの供物(粢盛、器に盛った黍稷)を整えてお仕えすることができなくなりました。某を遣わして、謹んでお付きの方にお告げいたします」。実家の主人は答えて言う。「某の娘が不肖で、お咎めを避けるつもりはございません。謹んでお待ちして、ご命令を受けないわけにはまいりません」。使者が退くと、主人は拝礼して送る。離縁を申し渡す名義は、夫の父(舅)が存命なら舅の名で、舅が亡くなっていれば夫の兄の名で、兄がいなければ夫自身の名で言う。実家側の主人の辞は「某の娘は不肖でございます」である。実家で応対するのが娘のおば・姉妹であれば(父の代わりとして)、その名で同じように言う。
解説
この章句が説くこと
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『玉勝間』十三の巻 臣の王を娶る事記略に、延暦十二年九月丙戌の詔に、見任の大臣、良家の子孫、三世以下を娶るを許す、但し藤原氏は、累代相承けて、摂政絶えず、此を以てこれを論ずれば、等しきに因るべからず、殊に二世以下を娶るを聴すべしと見えたり。そもそも古は、皇女はさらにも申さず、すべて臣の、王の女を娶ることは、ゆるされぬ事にて、さる事かつて無かりしを、継嗣令に、臣五世の王を娶るは聴すとあるは、令の時、始めての御制にや有りけむ。そのかみ万の事、さしも漢風にうつされしかども、これらはさすがに、人の情の安からざる事なれば、延暦の頃になりてすら、なお上の件の如くなりけらし。令のかの同じつづきに、王は親王を娶り、ただ五世の王は、親王を娶るを得ずとも見えて、諸王は、四世までも、皇女をも娶りしを、臣は、そのかみわずかに、五世の女王を娶ることをゆるされしを以て、王と臣と、すじの尊き卑しきけじめ、厳なりしことを知るべし。夫婦のむすびをなすことも、尊き卑しきけじめ、かばかり正しかりしを、そののち何事もみな、漸に漢風にうつりはてて、ついに今の如くには成りぬるなり。世の人ただ、同姓娶らずなど云う、漢風の事をのみ、思い云いて、皇国の古に、かばかり尊き卑しきけじめを分けし事をば、知らざめる故に、今いささかおどろかすなり。
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