礼記 / 雑記下
婦人非三年之喪,不逾封而吊。如三年之喪,則君夫人歸。夫人其歸也以諸侯之吊禮,其待之也若待諸侯然。夫人至,入自闈門,升自側階,君在阼。其他如奔喪禮然。
新字:婦人非三年之喪,不逾封而吊。如三年之喪,則君夫人帰。夫人其帰也以諸侯之吊礼,其待之也若待諸侯然。夫人至,入自闈門,升自側階,君在阼。其他如奔喪礼然。
書き下し
婦人は三年の喪に非ざれば、封を逾(こ)えて吊せず。如し三年の喪ならば、則ち君夫人も帰る。夫人その帰るや、諸侯の吊礼を以てし、その待つや諸侯を待つが若く然り。夫人至れば、闈門(いもん)より入り、側階より升り、君は阼に在り。その他は奔喪の礼の如く然り。
現代語訳
嫁いだ婦人は、三年の喪でなければ、国境を越えて弔問に行くことはしない。父母の三年の喪であれば、君主の夫人であっても実家の国へ帰る。夫人が帰るときは、諸侯が弔問するときの礼に従い、実家の国がこれを迎えるときも諸侯を迎えるのと同じようにする。夫人が到着すると、宮中の脇門(闈門)から入り、脇の階段から堂に上がり、実家の君主は東の階段の上にいる。その他の作法は奔喪の礼と同じである。
解説
嫁いだ女性が実家の喪にどう赴くかを定めた段である。三年の喪、すなわち父母の喪でなければ国境を越えて弔問に行かないが、父母の喪であれば諸侯の夫人であっても実家へ帰る。夫人の帰国は諸侯が弔問に来るときの礼で遇されるが、実家に着けば正門ではなく脇の闈門から入り、脇の階段から上がる。鄭玄は、これは嫁いだ娘が自らを女性の賓客と同じにしないためであり、宮中で互いに通じる門を闈門というと注している。国と国との間では諸侯の格で扱われながら、実家の中ではあくまで娘として振る舞う。「その他は奔喪の礼の如し」について、鄭玄は哭・踊・髽(ざ、喪の髪型)・麻などを指すとする。遠くに嫁いだ娘が親の最期に駆けつける姿は、時代を越えて変わらない。
この章句が説くこと
礼記雑記夫人奔喪父母
関連する章句
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礼記・雑記下妻は叔父母に視(なぞら)え、姑・姉妹は兄弟に視え、長・中・下の殤は成人に視う。 親の喪は外より除き、兄弟の喪は内より除く。 君の母と妻とに視えては、これを兄弟に比す。顔色に発する者は、亦た飲食せざるなり。 喪を免(まぬか)るるの外、道路を行きて、似たるを見ては目瞿(く)し、名を聞きては心瞿す。死を吊し疾を問うに、顔色戚容必ず以て人に異なる有るなり。此くの如くにして後に以て三年の喪に服すべし。その余は則ち直道にしてこれを行う、是なり。
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礼記・奔喪母の喪に奔(はし)るには、西面して哭して哀しみを尽くし、括髪して袒し、堂を降りて東して位に即き、西郷して哭し、踊を成し、序の東に襲して免絰(ぶんてつ)し、賓を拝し賓を送ること、皆父に奔るの礼の如くす。又哭に於いては括髪せず。 婦人の喪に奔るは、東階より升り、殯の東にて西面して坐し、哭して哀しみを尽くし、東して髽(さ)し、位に即き、主人と拾踴(しゅうよう)す。
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礼記・雑記下如し三年の喪ならば、則ち既に顈(けい)して、その練・祥皆同じくす。 王父死して、未だ練・祥せずして孫又死すれば、猶お是れ王父に附するなり。 殯有りて、外喪を聞けば、これを他室に哭す。入りて奠し、奠を卒えて、出でて、服を改めて位に即くこと、始めて位に即くの礼の如くす。 大夫・士、将に公に祭に与(あずか)らんとして、既に濯(たく)を視て、父母死すれば、則ち猶お是れ祭に与るなり、異宮に次る。既に祭れば、服を釈(と)きて公門の外に出で、哭して帰る。その他は奔喪の礼の如くす。如し未だ濯を視ざれば、則ち人をして告げしむ。告ぐる者反りて、而る後に哭す。如し諸父・昆弟・姑・姉妹の喪ならば、則ち既に宿すれば、則ち祭に与る。事を卒えて、公門を出で、服を釈きて後に帰る。その他は奔喪の礼の如くす。如し同宮ならば、則ち異宮に次る。
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礼記・雑記下柩に従うと反哭とに非ざれば、堩(こう)に免(ぶん)すること無し。 凡そ喪には、小功以上は、虞・附・練・祥に非ざれば、沐浴すること無し。 疏衰の喪は、既に葬りて、人これに見えんことを請えば、則ち見る。人に見えんことを請わず。小功は、人に見えんことを請うも可なり。大功は以て摯(し)を執らず。唯だ父母の喪のみ、涕泣を辟(さ)けずして人に見る。
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礼記・雑記上凡そ婦人は、その夫の爵位に従う。小斂・大斂・啓には、皆辯(あまね)く拝す。朝夕に哭するには、帷(い)せず。柩無き者は帷せず。君若し載して後にこれを吊すれば、則ち主人は東面して拝し、門の右に北面して踊し、出でて待ち、反りて後に奠す。子羔(しこう)の襲(しゅう)するや、繭衣裳と稅衣(たんい)・纁袡(くんぜん)と一と為し、素端一、皮弁一、爵弁一、玄冕一。曾子曰く、「婦服を襲せず」と。君の為に使いして死するは、公館には復し、私館には復せず。公館とは、公宮と公の為(つく)る所となり。私館とは、卿大夫より以下の家なり。公は七踊、大夫は五踊、婦人は間に居り、士は三踊、婦人は皆間に居る。公の襲は、卷衣(こんい)一、玄端一、朝服一、素積一、纁裳一、爵弁二、玄冕一、褒衣一。朱緑の帯、申ねて大帯を上に加う。小斂の環絰(かんてつ)は、公・大夫・士一なり。公、大斂を視るには、公升りて、商祝席を鋪き、乃ち斂す。魯人の贈や、三玄二纁、広さ尺、長さ幅を終う。
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礼記・喪服小記父の喪に奔(はし)るには、括髪(かっぱつ)を堂上にし、袒(たん)して降りて踊(よう)し、襲して東方に絰す。母の喪に奔るには、括髪せず、堂上に袒し、降りて踊し、襲して東方に免す。絰して位に即き踊を成し、門を出でて哭止む。三日にして五たび哭し三たび袒す。適婦の舅の後たらざる者には、則ち姑之が為に小功す。
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