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礼記 / 雑記下

既葬,大功吊,哭而退,不聽事焉。期之喪,未葬,吊於鄉人。哭而退,不聽事焉。功衰吊,待事不執事。小功緦,執事不與於禮。 相趨也,出宮而退。相揖也,哀次而退。相問也,既封而退。相見也,反哭而退。朋友,虞附而退。吊,非從主人也。四十者執綍:鄉人五十者從反哭,四十者待盈坎。

新字:既葬,大功吊,哭而退,不聴事焉。期之喪,未葬,吊於郷人。哭而退,不聴事焉。功衰吊,待事不執事。小功緦,執事不与於礼。 相趨也,出宮而退。相揖也,哀次而退。相問也,既封而退。相見也,反哭而退。朋友,虞附而退。吊,非従主人也。四十者執綍:郷人五十者従反哭,四十者待盈坎。

書き下し

既に葬れば、大功は吊し、哭して退き、事を聴かず。期の喪、未だ喪(そう)せざるに、郷人を吊す。哭して退き、事を聴かず。功衰にして吊すれば、事を待ちて事を執らず。小功・緦は、事を執りて礼に与らず。 相趨(あいはし)るや、宮を出でて退く。相揖(あいゆう)するや、哀次にして退く。相問うや、既に封じて退く。相見るや、反哭して退く。朋友は、虞・附して退く。吊は、主人に従うに非ざるなり。四十の者は綍を執る。郷人の五十の者は反哭に従い、四十の者は坎(あな)を盈たすを待つ。

現代語訳

大功の喪にある者は、埋葬を済ませた後なら他家へ弔問に行ってよいが、哭したら退き、喪家の用事にはとどまらない。一年の喪にある者は、まだ埋葬を済ませないうちでも、同郷の人の喪を弔ってよい。ただし哭したら退き、喪家の用事にはとどまらない。功衰を着る時期に弔問するときは、喪家の用事が済むまでとどまるが、自ら手を下して手伝うことはしない。小功・緦麻の喪にある者は、弔問先で手伝いはするが、儀礼そのものには加わらない。 名前を聞き知っている程度の間柄の者は、柩が廟の門を出たら帰る。会えば会釈を交わす程度の間柄の者は、柩が途中の休み場に着いたら帰る。贈り物をやりとりする間柄の者は、棺を墓穴に納めて土をかけたら帰る。互いに訪ね合う間柄の者は、喪主が墓から戻って哭するのに付き従ってから帰る。友人は、虞祭と祔祭を済ませてから帰る。弔問は喪主に付き従うのが目的ではなく、喪主を助けるためのものである。二十歳から四十歳の者は柩の綱を引く。同郷の五十歳の者は喪主が戻って哭するのに付き従い、四十歳の者は墓穴を埋め終えるまで待つ。

解説

喪中の者が他家を弔うときの節度と、弔問客が間柄に応じてどこまで葬送に付き添うかを定めた段である。後半の「相趨るや、宮を出でて退く」以下は特に具体的で、名を聞き知る程度なら柩が門を出るまで、会釈する間柄なら途中の休み場まで、贈答する間柄なら埋葬まで、訪ね合う間柄なら喪主の反哭まで、友人は虞祭・祔祭まで付き添う。鄭玄は、これを弔う者の恩の厚薄と去る遅速の節度と注している。「吊は主人に従うに非ざるなり」について鄭玄は、弔う者は必ず主人の事を助けるものだと注し、四十歳までの壮年が柩の綱を引くとする。弔問は悲しみを示すだけでなく、実際に手を貸す場でもあった。通夜だけ出るか、告別式や火葬場まで行くかを、故人との間柄で考える今の感覚と同じである。

この章句が説くこと

礼記雑記弔問葬送友人

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