自警録 / 第十八章 知らぬ恩人に対する感謝・人も知らず自身も知らずに受ける恩
ただこの事について心に記憶したきことは、明らかに我の耳に達したこと、あるいは我が目に映った行為のほかに、人も知らず、我れ自身も知らないでいる恩がたくさんあることである。かくのごとき恵みが人生の中に数限りなくあることを常に記憶に存しておきたい。たまには誰が告げるとはなしに、ふと心に有難味を覚えて、ほとんど相手知らずに帽を脱し、跪いて、有難さに、涙に咽ぶこともある。誰しも必ずこの経験があるだろう。もしこの経験のない人あらば、そは不幸な人である。天の恩はいうまでもなく、朋友や親などのすることに、とかく秘密にわたって、受ける本人は夢にも知らぬことがしばしばある。なにか面倒な事件があって、これを処理しに出かけると、案外にもすでに半分以上解決されておったなどということがある。 これは不思議と思って、だんだんその理由を質すと、前日友人が来て半以上悶着を解決しておいてくれたなどということが、数日あるいは時によっては数年経って初めて発見されることを自らも経験したし、世には必ず同じことを感じた人が数多あろう。
書き下し
ただこの事について心に記憶したきことは、明らかに我の耳に達したこと、あるいは我が目に映った行為のほかに、人も知らず、我れ自身も知らないでいる恩がたくさんあることである。かくのごとき恵みが人生の中に数限りなくあることを常に記憶に存しておきたい。たまには誰が告げるとはなしに、ふと心に有難味を覚えて、ほとんど相手知らずに帽を脱し、跪いて、有難さに、涙に咽ぶこともある。誰しも必ずこの経験があるだろう。もしこの経験のない人あらば、そは不幸な人である。天の恩はいうまでもなく、朋友や親などのすることに、とかく秘密にわたって、受ける本人は夢にも知らぬことがしばしばある。なにか面倒な事件があって、これを処理しに出かけると、案外にもすでに半分以上解決されておったなどということがある。 これは不思議と思って、だんだんその理由を質すと、前日友人が来て半以上悶着を解決しておいてくれたなどということが、数日あるいは時によっては数年経って初めて発見されることを自らも経験したし、世には必ず同じことを感じた人が数多あろう。
現代語訳
ただ、この事について心に留めておきたいのは、はっきり自分の耳に達したことや、自分の目に映った行為のほかに、人も知らず、自分自身も知らないでいる恩がたくさんあることです。こうした恵みが人生の中に数限りなくあることを、いつも記憶しておきたいと思います。時には、誰が告げるともなしに、ふと心にありがたさを覚え、ほとんど相手もわからないまま、帽子を脱ぎ、ひざまずいて、ありがたさに涙にむせぶこともあります。誰にも必ずこの経験があるでしょう。もしこの経験のない人がいたら、その人は不幸な人です。天の恩はいうまでもなく、友人や親などのすることには、とかく秘密のものがあって、受ける本人は夢にも知らないことがしばしばあります。何か面倒な事件があって、それを処理しに出かけると、案外にもすでに半分以上解決されていた、などということがあります。 これは不思議だと思って、だんだんその理由を尋ねると、前日に友人が来て、もめごとの半分以上を解決しておいてくれた、というようなことが、数日、時には数年経ってから初めて発見される。そういうことを私自身も経験しましたし、世の中には同じことを感じた人がきっと大勢いるでしょう。
解説

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自警録・第二十二章 感情より出た職業選択・余の友人にも同じ経験があるしかしこれは独り伊藤公のみでない。ときどき凡人の間においてもまた同様である。僕の友人にもまたこれを証明すべき適切の事例があるから、ここにこれを挙示したい。 彼は青年時代、学校にあるやいずれの学科も人並にできたためにかえって職業の選択に大いに迷った。ある時は実業家にならんと考えたこともあるが、子供のときには政治家になる望みがもっとも強かった。そののち世の中の腐敗を聞き宗教家にならんとまで考え込んだことあり、また学者となって身を立てようという考えを起こしたこともある。 しかるに彼が十九歳のころなりしと聞く。一夜北国にありて月明に乗じ独り郊外を散歩し、一軒立ての藁家の前を通過せんとした。ふと隙漏る光に屋内を覗うと、炉を囲める親子四、五人、一言だも交さずぼんやりとして安を貪っていた。そのころ彼は、宗教家たらんとの念が最高潮に達していたときであったが、この有様を見、この考えが急に一転した。というのは親子夫婦共働し、雪を踏んで家に帰れば身体すでに疲憊し、夕食を終ればたがいに物語るだけの元気も失せ、わずかに拾った薪に身を暖め、安を貪るがごとき輩が、どうして教育や宗教などを考うる余地があろう。彼らをして人間らしい精神をもたせるには、まずなによりも衣食足るの道を講ぜしめねばならぬ。 さりとて衣食の充足のみに進ましむればただ奢侈に流るるのみである。衣食充足の道を講ずるとともに、精神的教訓を与うることはもちろん必要であるが、ともかく下層階級の経済状態を改善するは、すべての改良の根本なりとの観念に打たれ、その翌日より倫理学、心理学の書をかたづけ、急に経済学の書を読み始めたという談を聞いた。これだけの談を聞けば、彼は一時の感情に打たれて職業を決したようにも思われるが、また詳しくその事情を聞くとこの考えに到達するに順序があったようである。すなわち彼の先代の関係だとか、あるいは彼の北国における境遇とかいろいろさまざまの勢力が知らずしらず彼をある方面に向かわしめていたのを、この冬の一夜の出来事がいよいよ自覚的にこれを決定せしめたものである。
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『後世への最大遺物』第二回・原稿を友人に貸したそれからしてその本が原稿になって、これを罫紙に書いてしまった。それからして、これはもうじきに出版するときがくるだろうと思って待っておった。そのときに友人が来まして、カーライルに遇ったところが、カーライルがその話をしたら「実に結構な書物だ、今晩一読を許してもらいたい」といった。そのときにカーライルは、自分の書いたものはつまらないものだと思って人の批評を仰ぎたいと思ったから、貸してやった。貸してやると、その友人はこれを家へ持っていった。そうすると友人の友人がやってきて、これを手に取って読んでみて、「これは面白い本だ、一つどうぞ今晩私に読ましてくれ」といった。そこで友人がいうには「明日の朝早く持ってこい、そうすれば貸してやる」といって貸してやったら、その人はまたこれをその家へ持っていって一所懸命に読んで、暁方まで読んだところが、あしたの事業に妨げがあるというので、その本をば机の上に抛り放しにして、床について自分は寝入ってしまった。
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『武士訓』跋右武士訓五卷。應友人之需。編輯之。正德五年正月 日
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