礼記 / 雑記下
縣子曰:「三年之喪,如斬。期之喪,如剡。」 三年之喪,雖功衰不吊,自諸侯達諸士。如有服而將往哭之,則服其服而往。期之喪,十一月而練,十三月而祥,十五月而禫。練則吊。
新字:県子曰:「三年之喪,如斬。期之喪,如剡。」 三年之喪,雖功衰不吊,自諸侯達諸士。如有服而将往哭之,則服其服而往。期之喪,十一月而練,十三月而祥,十五月而禫。練則吊。
書き下し
県子(けんし)曰く、「三年の喪は、斬るが如し。期の喪は、剡(けず)るが如し」と。 三年の喪には、功衰と雖も吊せず、諸侯より諸士に達す。如し服有りて将にこれに往きて哭せんとすれば、則ちその服を服して往く。期の喪は、十一月にして練し、十三月にして祥し、十五月にして禫(たん)す。練すれば則ち吊す。
現代語訳
県子はいった。「三年の喪の痛みは、刃物で断ち切られるようなものである。一年の喪の痛みは、刃物で削られるようなものである」。 三年の喪にある者は、練祭の後の功衰を着る時期になっても、他家へ弔問には行かない。これは諸侯から士まで同じである。ただし自分も喪服を着るべき間柄の死であって、そこへ哭しに行くときは、その者のための喪服を着て行く。一年の喪は、十一か月目に練祭を行い、十三か月目に祥祭を行い、十五か月目に禫祭(たんさい、喪を完全に終える祭)を行う。練祭が済めば、他家へ弔問に行ってよい。
解説
県子の言葉は、喪の痛みの深さの違いを刃物のたとえで言い表した印象的な一句である。三年の喪は断ち切られるように、一年の喪は削られるように痛む。鄭玄は、痛みの惻怛に浅深があることを言うと注している。続く規定で、三年の喪にある者は功衰の時期になっても他家の弔問に行かないとする。孔穎達の疏は、喪服は外から軽くなっても心の痛みはなお内に重いので、人を弔うことはできないと説く。ただし自分も服を着るべき親族の喪には、その服を着て哭しに行く。一年の喪は練祭を過ぎれば弔問に行ってよいとし、なお鄭玄は「期の喪は十一月にして練し」以下の一文が本来の位置から竹簡の乱れでここに紛れ込んだと見ている。自分が大きな喪失の中にあるとき、人の弔いにまで心を配れないのは自然なことだと、この段は認めている。
この章句が説くこと
礼記雑記県子三年喪弔問
関連する章句
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