武士訓 / 跋
右武士訓五卷。應友人之需。編輯之。正德五年正月 日
新字:右武士訓五巻。応友人之需。編輯之。正徳五年正月 日
書き下し
右武士訓五卷。應友人之需。編輯之。正德五年正月 日
現代語訳
この『武士訓』五巻を、友人の求めに応じて編集した。正徳五年正月 日。
解説
巻末の奥付にあたる、短い一文です。『武士訓』五巻が友人の求めに応じて編集されたものだと記し、正徳五年(一七一五)正月の日付を添えます。日の数字は空いています。「編輯」の語を使い、集めて編んだ書であることを示している点も目を引きます。誰の求めで、いつ、どのように編んだかを残す書き方は、現代の資料にも通じます。引き継ぎ文書やマニュアルでも、作成の経緯と日付を記しておけば、後から読む人が前提を理解でき、改訂もしやすくなります。
この章句が説くこと
奥付正徳五年編輯友人記録武士訓
関連する章句
-
『大和俗訓』巻之八・応接一朋友の間礼あつければ、あらそひなし。喧嘩口論は、必無礼よりおこる。人に交るに礼義正しく慇懃なれば、人と我との間滞なくして、和ぎ睦まし。人に交るに無礼なるは、是いやしき俗人下部の風俗なり。士の交にあらず。いましむべし。晏子が、人に交るに、久しくして敬ひしことを、聖人も誉め給へり。久しく交りて互に心やすくなり行くままに、無礼をなすべからず。
-
『後世への最大遺物』第二回・原稿を友人に貸したそれからしてその本が原稿になって、これを罫紙に書いてしまった。それからして、これはもうじきに出版するときがくるだろうと思って待っておった。そのときに友人が来まして、カーライルに遇ったところが、カーライルがその話をしたら「実に結構な書物だ、今晩一読を許してもらいたい」といった。そのときにカーライルは、自分の書いたものはつまらないものだと思って人の批評を仰ぎたいと思ったから、貸してやった。貸してやると、その友人はこれを家へ持っていった。そうすると友人の友人がやってきて、これを手に取って読んでみて、「これは面白い本だ、一つどうぞ今晩私に読ましてくれ」といった。そこで友人がいうには「明日の朝早く持ってこい、そうすれば貸してやる」といって貸してやったら、その人はまたこれをその家へ持っていって一所懸命に読んで、暁方まで読んだところが、あしたの事業に妨げがあるというので、その本をば机の上に抛り放しにして、床について自分は寝入ってしまった。
-
論語・学而篇子曰く、「学びて時に之を習う、亦説ばしからずや。朋遠方より来たる有り、亦楽しからずや。人知らずして慍みず、亦君子ならずや。」
-
礼記・雑記下既に葬れば、大功は吊し、哭して退き、事を聴かず。期の喪、未だ喪(そう)せざるに、郷人を吊す。哭して退き、事を聴かず。功衰にして吊すれば、事を待ちて事を執らず。小功・緦は、事を執りて礼に与らず。 相趨(あいはし)るや、宮を出でて退く。相揖(あいゆう)するや、哀次にして退く。相問うや、既に封じて退く。相見るや、反哭して退く。朋友は、虞・附して退く。吊は、主人に従うに非ざるなり。四十の者は綍を執る。郷人の五十の者は反哭に従い、四十の者は坎(あな)を盈たすを待つ。
-
『宋名臣言行録』後集巻十三・鄒浩留まること三日。別れに臨みて志完涕を出だす。承君正しく責めて曰く、志完をして隱黙して京師に官たらしめば、寒疾に遇いて汗せずんば、五日にして死せん。豈に獨り嶺海の外のみ能く人を死せしめんや。願わくは君此の舉を以て自ら滿つること無かれ。士の當に爲すべき所の者は、未だ此に止まらざるなり、と。志完茫然自失し、歎息して曰く、君の我に贈るは厚し、と。乃ち別れ去る。
-
『斉家論』上然れども推し出だし儒者とはいはれまじ。又世間に沙汰なき人にも出会うて見れば、経書はいふに及ばず、詩作文章達者なる能き学者あり。又儒者ならねども、少し心がけある人には、汝ぐらゐの学者は町並にも有るべし。其の中にて無縁の講釈すると、口広き事はいはれまじ。夫をもかまはず書付を出だされなば、聴く者もあるべけれど、一度聞きては、素読同前の講釈なりといひ、又口の悪しき者は、あの学問にて講釈するは、笑ふにたらずと譏るべし。たとひ十日廿日入れかはり聴衆ありとも、つづくまじ。其の時に至り、しまはんよりは、今七八年も学問し出でられなば、本望もとげ、恥を受くることも少なからんといはれし人も、過ぎ去りむかしがたりになりぬ。或人のいへるごとく、
人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る