礼記 / 雑記下
三年之喪,祥而從政;期之喪,卒哭而從政;九月之喪,既葬而從政;小功緦之喪,既殯而從政。 曾申問於曾子曰:「哭父母有常聲乎?」曰:「中路嬰兒失其母焉,何常聲之有?」
新字:三年之喪,祥而従政;期之喪,卒哭而従政;九月之喪,既葬而従政;小功緦之喪,既殯而従政。 曽申問於曽子曰:「哭父母有常声乎?」曰:「中路嬰児失其母焉,何常声之有?」
書き下し
三年の喪は、祥して政に従い、期の喪は、卒哭して政に従い、九月の喪は、既に葬りて政に従い、小功・緦の喪は、既に殯して政に従う。 曾申、曾子に問いて曰く、「父母を哭するに常声有りや」と。曰く、「中路に嬰児その母を失えるに、何の常声かこれ有らん」と。
現代語訳
三年の喪にある者は、祥祭が済んでから公の務め(賦役)に就き、一年の喪にある者は卒哭の祭が済んでから務めに就き、九か月の喪にある者は埋葬が済んでから務めに就き、小功・緦麻の喪にある者は殯が済んでから務めに就く。 曾申が父の曾子に尋ねた。「父母の死を哭するのに、決まった声の出し方があるのでしょうか」。曾子はいった。「道の途中で幼子が母を見失ったとき、決まった泣き声などあるだろうか」。
解説
前半は喪の重さに応じて公の務めに戻る時期を定めたもので、鄭玄は『王制』に照らしてこれを庶民の賦役のことと注している。後半の曾子の答えが印象深い。子の曾申が、父母を哭するのに決まった声があるかと尋ねると、曾子は、道で母を見失った幼子の泣き声に決まった形などあろうかと答える。鄭玄は、幼子が母を失って泣き叫ぶのにどうして常の声があろうか、いわゆる「哭して偯(い)せず」、声を引き伸ばさない哭のことだと注する。喪礼は哭の回数や踊の数まで細かく定めるが、親を失った直後の声だけは型にはめられない。孔穎達は檀弓の疏で、これは死の直後の悲嘆のことで、斂のときには節度があると整理している。悲しみに作法を求めすぎないこと。泣き方に正解はないという言葉は、今の遺族にとっても慰めになる。
この章句が説くこと
礼記雑記曽子哭父母
関連する章句
-
礼記・雑記下柩に従うと反哭とに非ざれば、堩(こう)に免(ぶん)すること無し。 凡そ喪には、小功以上は、虞・附・練・祥に非ざれば、沐浴すること無し。 疏衰の喪は、既に葬りて、人これに見えんことを請えば、則ち見る。人に見えんことを請わず。小功は、人に見えんことを請うも可なり。大功は以て摯(し)を執らず。唯だ父母の喪のみ、涕泣を辟(さ)けずして人に見る。
-
礼記・雑記下妻は叔父母に視(なぞら)え、姑・姉妹は兄弟に視え、長・中・下の殤は成人に視う。 親の喪は外より除き、兄弟の喪は内より除く。 君の母と妻とに視えては、これを兄弟に比す。顔色に発する者は、亦た飲食せざるなり。 喪を免(まぬか)るるの外、道路を行きて、似たるを見ては目瞿(く)し、名を聞きては心瞿す。死を吊し疾を問うに、顔色戚容必ず以て人に異なる有るなり。此くの如くにして後に以て三年の喪に服すべし。その余は則ち直道にしてこれを行う、是なり。
-
礼記・雑記下県子(けんし)曰く、「三年の喪は、斬るが如し。期の喪は、剡(けず)るが如し」と。 三年の喪には、功衰と雖も吊せず、諸侯より諸士に達す。如し服有りて将にこれに往きて哭せんとすれば、則ちその服を服して往く。期の喪は、十一月にして練し、十三月にして祥し、十五月にして禫(たん)す。練すれば則ち吊す。
-
礼記・雑記下如し三年の喪ならば、則ち既に顈(けい)して、その練・祥皆同じくす。 王父死して、未だ練・祥せずして孫又死すれば、猶お是れ王父に附するなり。 殯有りて、外喪を聞けば、これを他室に哭す。入りて奠し、奠を卒えて、出でて、服を改めて位に即くこと、始めて位に即くの礼の如くす。 大夫・士、将に公に祭に与(あずか)らんとして、既に濯(たく)を視て、父母死すれば、則ち猶お是れ祭に与るなり、異宮に次る。既に祭れば、服を釈(と)きて公門の外に出で、哭して帰る。その他は奔喪の礼の如くす。如し未だ濯を視ざれば、則ち人をして告げしむ。告ぐる者反りて、而る後に哭す。如し諸父・昆弟・姑・姉妹の喪ならば、則ち既に宿すれば、則ち祭に与る。事を卒えて、公門を出で、服を釈きて後に帰る。その他は奔喪の礼の如くす。如し同宮ならば、則ち異宮に次る。
-
礼記・喪大記父母の喪には、倚廬(いろ)に居りて塗らず、苫(せん)に寝ね塊(かい)を枕とし、喪事に非ざれば言わず。君は廬を為りてこれを宮(かこ)い、大夫・士はこれを襢(あら)わにす。既に葬れば楣(び)を柱(ささ)え、廬を塗るも顕なる者に於いてせず。君・大夫・士皆これを宮う。凡そ適子に非ざる者は、未だ葬らざるより以て隠るる者に於いて廬を為る。既に葬れば、人と立ちて、君は王事を言いて、国事を言わず。大夫・士は公事を言いて、家事を言わず。君既に葬れば、王政国に入り、既に卒哭して王事に服す。大夫・士既に葬れば、公政家に入り、既に卒哭して弁絰帯し、金革の事も辟くること無きなり。既に練すれば、堊室(あくしつ)に居り、人と居らず。君は国政を謀り、大夫・士は家事を謀る。既に祥すれば、黝堊(ゆうあく)す。祥して外に哭する者無く、禫(たん)して内に哭する者無し。楽作(おこ)るが故なり。禫して御に従い、吉祭して寝に復す。
-
礼記・雑記上三年の練冠有りて、則ち大功の麻を以てこれに易う。唯だ杖・屨は易えず。父母の喪有りて、尚お功衰(こうさい)なるに、兄弟の殤に附すれば則ち練冠す。殤に附するには、陽童某甫と称し、名いわず、神なればなり。凡そ異居して、始めて兄弟の喪を聞けば、唯だ哭を以て対うるも、可なり。その始めの麻は、散帯絰(さんたいてつ)す。未だ麻を服せずして奔喪し、主人の未だ絰を成さざるに及べば、疏き者は、主人と皆これを成し、親しき者は、その麻帯絰の日数を終う。主妾の喪には、則ち自ら祔し、練祥に至りては、皆その子をしてこれを主らしむ。その殯・祭は、正室に於いてせず。君は僕妾を撫せず。女君死すれば、則ち妾は女君の党の為に服す。女君を摂すれば、則ち先の女君の党の為に服さず。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る