礼記 / 雑記下
祥,主人之除也,於夕為期,朝服。祥因其故服。 子游曰:「既祥,雖不當縞者必縞,然後反服。」 當袒,大夫至,雖當踴,絕踴而拜之,反改成踴,乃襲。於士,既事成踴,襲而後拜之,不改成踴。
新字:祥,主人之除也,於夕為期,朝服。祥因其故服。 子游曰:「既祥,雖不当縞者必縞,然後反服。」 当袒,大夫至,雖当踴,絶踴而拝之,反改成踴,乃襲。於士,既事成踴,襲而後拝之,不改成踴。
書き下し
祥には、主人の除くや、夕に於いて期を為し、朝服す。祥はその故の服に因る。 子游曰く、「既に祥して、縞に当たらざる者と雖も必ず縞し、然る後に服に反る」と。 袒(たん)に当たりて、大夫至れば、踊に当たると雖も、踊を絶ちてこれを拝し、反りて改めて踊を成し、乃ち襲(おそ)う。士に於いては、事を既(お)えて踊を成し、襲いて後にこれを拝し、改めて踊を成さず。
現代語訳
大祥の祭で主人が喪を除くときは、その前夜に翌朝の祭の日時を告げ、そのとき主人は朝服を着る。翌朝の祥祭では、前夜のその服をそのまま着て行う。 子游はいった。「大祥を済ませた後に弔問の使者が来たら、すでに縞冠(こうかん、白絹の冠)を着ける時期でなくても、必ず縞冠を着けて迎え、そのあとで元の服に戻る」。 喪主が片肌脱ぎをしている最中に大夫が弔問に来たら、たとえ踊をしている最中であっても、踊をやめて大夫に拝し、元の位置に戻って改めて踊をやり直し、それから肌を覆う。士が来た場合は、その場の儀式を終えて踊を済ませ、肌を覆ってから拝し、改めて踊をやり直すことはしない。
解説
大祥の祭の服、祥祭後の弔問の受け方、儀式中に弔問客が来たときの対応を定めた段である。子游の言葉について、鄭玄は、喪事の贈り物を持って遅れて来た者があれば、時期が過ぎていてもわざわざ祥祭の服に改めて受けるのは、その礼を重んじるためだと注している。後半では、片肌脱ぎで踊をしている最中に大夫が来たら踊を中断して拝し、改めて踊をやり直す。士なら儀式を終えてから拝し、やり直しはしない。鄭玄は、大夫の来訪を尊んで拝し、踊をやり直すのはその事を新たにするためだと注する。訪れた人の立場に応じて迎え方を変えるのは身分社会の礼であるが、相手の来訪そのものを重んじるという根の部分は、今の弔問の受け方にも通じる。遅れて届いた弔意にも、改めて丁寧に応えたい。
この章句が説くこと
礼記雑記子游大祥弔問
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