礼記 / 雑記下
父母之喪,將祭,而昆弟死;既殯而祭。如同宮,則雖臣妾,葬而後祭。祭,主人之升降散等,執事者亦散等。雖虞附亦然。 自諸侯達諸士,小祥之祭,主人之酢也嚌之;眾賓兄弟,則皆啐之。大祥:主人啐之,眾賓兄弟皆飲之,可也。
新字:父母之喪,将祭,而昆弟死;既殯而祭。如同宮,則雖臣妾,葬而後祭。祭,主人之升降散等,執事者亦散等。雖虞附亦然。 自諸侯達諸士,小祥之祭,主人之酢也嚌之;衆賓兄弟,則皆啐之。大祥:主人啐之,衆賓兄弟皆飲之,可也。
書き下し
父母の喪に、将に祭らんとして、昆弟死すれば、既に殯して祭る。如し同宮ならば、則ち臣妾と雖も、葬りて後に祭る。祭るには、主人の升降は等を散じ、事を執る者も亦た等を散ず。虞・附と雖も亦た然り。 諸侯より諸士に達するまで、小祥の祭には、主人の酢(さく)や、これを嚌(せい)し、衆賓・兄弟は、則ち皆これを啐(さい)す。大祥には、主人これを啐し、衆賓・兄弟は皆これを飲むも、可なり。
現代語訳
父母の喪で、練祭・祥祭を行おうとしているときに兄弟が亡くなったら、兄弟の殯を済ませてから祭を行う。同じ家に住む者の死であれば、たとえ家臣や妾であっても、埋葬を済ませてから祭を行う。その祭では、主人が階段を上り下りするとき、一段ずつ足をそろえず続けて上り下りし、祭の係の者も同じようにする。虞祭・祔祭であっても同様である。 諸侯から士に至るまで、小祥(一周忌)の祭では、主人は返杯を受けたとき、酒を歯に触れる程度に口をつけるだけにし、多くの賓客や兄弟はみな少し口に含む。大祥(三回忌)の祭では、主人は少し口に含み、多くの賓客や兄弟はみな飲んでよい。
解説
父母の喪の最中に別の死が重なったときの祭の順序と、喪明けの祭での酒の飲み方の段階を定める。兄弟が亡くなれば殯を済ませてから父母の祭を行い、同じ家に住む者なら家臣や妾でも埋葬後まで待つ。祭のとき階段を一段ずつ足をそろえずに上り下りするのは、鄭玄によれば、新しい喪のために威儀を略するのである。後半では、小祥では主人は歯に触れる程度(嚌)、賓客や兄弟は口に含む程度(啐)、大祥では主人が口に含み、賓客や兄弟は飲んでよいとする。鄭玄は嚌を歯に至る、啐を口に入れると注している。悲しみが時とともに和らいでいく過程を、酒への口のつけ方という小さな所作で段階づけているのである。法要が回を重ねるごとに少しずつ和やかな席になっていく今の習慣にも、同じ感覚が見てとれる。
この章句が説くこと
礼記雑記小祥大祥節度
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