礼記 / 雑記上
其國有君喪,不敢受吊。外宗房中南面,小臣鋪席,商祝鋪絞紟衾,士盥於盤北。舉遷尸於斂上,卒斂,宰告子,馮之踴。夫人東面坐,馮之興踴。士喪有與天子同者三:其終夜燎,及乘人,專道而行。
新字:其国有君喪,不敢受吊。外宗房中南面,小臣鋪席,商祝鋪絞紟衾,士盥於盤北。舉遷尸於斂上,卒斂,宰告子,馮之踴。夫人東面坐,馮之興踴。士喪有与天子同者三:其終夜燎,及乗人,専道而行。
書き下し
その国に君の喪有れば、敢えて吊を受けず。外宗は房中に南面し、小臣は席を鋪(し)き、商祝は絞・紟(きん)・衾を鋪き、士は盤の北に盥(あら)う。尸を挙げて斂の上に遷し、斂を卒(お)うれば、宰、子に告げ、これに馮(よ)りて踊す。夫人は東面して坐し、これに馮りて興ちて踊す。士の喪に天子と同じき者三有り。その終夜燎(にわび)し、及び人に乗(しょう)し、道を専らにして行く。
現代語訳
自国に主君の喪があるときは、臣下は自分の家の喪について弔問を受けようとはしない。(君主の大斂では)外宗(君主の姑や姉妹の娘など、外戚の婦人)は房(堂の脇の部屋)の中で南を向き、小臣が席を敷き、商祝が絞(こう、遺体を縛る帯)・紟(きん、単衣の敷布)・衾(きん、夜具)を敷き、士は水盤の北で手を洗う。士たちが遺体を持ち上げて斂具の上に移し、納め終えると、宰が嗣子に告げ、嗣子は遺体にすがって踊をする。夫人は東を向いてひざまずき、遺体にすがってから立ち上がって踊をする。士の喪には、天子の喪と同じものが三つある。夜通し庭火を焚くこと、人に柩の綱を引かせること、道を独占して進むことである。
解説
三つの別々の事柄を並べた短い段である。第一は、国に主君の喪があれば臣下は自分の家の喪で弔問を受けないという定めで、鄭玄は、自分の親の死を主君の死と同じように痛ましいものとして扱うのを避けるためと注する。第二は君主の大斂の手順で、鄭玄はこれを本来『喪大記』にあるべき文が脱落し、ここに重ねて記されたものと見ている。第三は、士の喪にも天子の喪と同じ扱いが三つあるという一節で、夜通し庭火を焚き、人に柩を引かせ、道を人に避けさせて進む。身分の差が細かく定められた喪礼の中にあって、死者を送る根本の部分では最下位の士にも天子と同じ扱いを認めている。死者を送る列には誰もが道を空けるという感覚は、身分を越えた死への敬意として、今の私たちにもよく理解できる。
この章句が説くこと
礼記雑記喪礼大斂節度
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