導師導古典を学びたいすべての人に

礼記 / 雑記上

諸侯相襚,以後路與冕服。先路與褒衣,不以襚。遣車視牢具。疏布輤,四面有章,置於四隅。載粻,有子曰:「非禮也。喪奠,脯醢而已。」祭稱孝子、孝孫,喪稱哀子、哀孫。端衰,喪車,皆無等。大白冠,緇布之冠,皆不蕤。委武玄縞而後蕤。大夫冕而祭於公,弁而祭於己。士弁而祭於公,冠而祭於己。士弁而親迎,然則士弁而祭於己可也。

新字:諸侯相襚,以後路与冕服。先路与褒衣,不以襚。遣車視牢具。疏布輤,四面有章,置於四隅。載粻,有子曰:「非礼也。喪奠,脯醢而已。」祭称孝子、孝孫,喪称哀子、哀孫。端衰,喪車,皆無等。大白冠,緇布之冠,皆不蕤。委武玄縞而後蕤。大夫冕而祭於公,弁而祭於己。士弁而祭於公,冠而祭於己。士弁而親迎,然則士弁而祭於己可也。

書き下し

諸侯相襚(すい)するに、後路(こうろ)と冕服とを以てす。先路と褒衣とは、以て襚せず。遣車(けんしゃ)は牢具を視(み)る。疏布の輤(せん)、四面に章有り、四隅に置く。粻(ちょう)を載す、有子曰く、「礼に非ざるなり。喪奠は、脯醢(ほかい)のみ」と。祭には孝子・孝孫と称し、喪には哀子・哀孫と称す。端衰・喪車は、皆等無し。大白冠・緇布の冠は、皆蕤(ずい)せず。委武(いぶ)、玄・縞にして後に蕤す。大夫は冕して公に祭り、弁して己に祭る。士は弁して公に祭り、冠して己に祭る。士は弁して親迎す、然らば則ち士弁して己に祭るも可なり。

現代語訳

諸侯が互いに襚(すい、死者に着せる衣を贈ること)をするときは、後路(予備の車)と冕服を贈る。先路(主となる車)と褒衣(天子から最初に賜った衣)は贈らない。遣車(けんしゃ、副葬の供え物を載せて墓に納める小車)の数は、遣奠(出棺の際の供え物)で包む牲の肉の数に合わせる。遣車は粗い布で覆いを作り、四面に目隠しをつけ、墓の槨(かく、棺を納める外箱)の四隅に置く。遣車に米穀(粻)を載せることについて、有子(孔子の弟子、有若)は「礼にかなわない。喪の供え物は干し肉と塩辛だけである」といった。吉の祭では祭主は「孝子」「孝孫」と名乗り、喪では「哀子」「哀孫」と名乗る。喪服の上衣と喪の車には、身分による差がない。大白冠(古い白布の冠)と黒い布の冠には、どちらも垂れ飾りを付けない。冠の巻き(委武)を付けた玄冠・縞冠(こうかん、白絹の冠)になって初めて垂れ飾りを付ける。大夫は冕を着けて君主の祭に助祭し、爵弁(しゃくべん)を着けて自家の祭を行う。士は爵弁を着けて君主の祭に助祭し、玄冠を着けて自家の祭を行う。士は爵弁を着けて妻を親迎(しんげい、婿が自ら嫁を迎えに行くこと)するのだから、士が爵弁を着けて自家の祭を行ってもよいだろう。

解説

喪礼と祭礼の細目を並べた段である。諸侯が衣を贈るとき、最上の車と衣は贈らないのは、鄭玄によれば、自分の正式なものを人に施すと、相手はそれを正式なものとして扱えないからだという。遣車に米を載せたことを有子が「礼に非ず」と退けたのは、死者は穀物を食べないので、喪の供え物は干し肉と塩辛で足りるという考えによる。注目すべきは「端衰・喪車は皆等無し」の一句で、喪服の上衣と喪の車には身分の差を設けないとする。鄭玄は、孝子が親に対する心は貴賤を問わず同じだからだと注している。礼が身分秩序を映すものでありながら、人として根本の情においては平等を認めていたことがわかる。葬儀の規模は家ごとに違っても、喪主の悲しみに大小はないという感覚は、今も変わらない。

この章句が説くこと

礼記雑記喪礼有子孝

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る