礼記 / 楽記
故聽其雅、頌之聲,志意得廣焉;執其干戚,習其俯仰詘伸,容貌得莊焉;行其綴兆,要其節奏,行列得正焉,進退得齊焉。故樂者天地之命,中和之紀,人情之所不能免也。
新字:故聴其雅、頌之声,志意得広焉;執其干戚,習其俯仰詘伸,容貌得荘焉;行其綴兆,要其節奏,行列得正焉,進退得斉焉。故楽者天地之命,中和之紀,人情之所不能免也。
書き下し
故にその雅・頌の声を聴けば、志意広きを得。その干戚(かんせき)を執り、その俯仰詘伸(ふぎょうくっしん)を習えば、容貌荘なるを得。その綴兆(ていちょう)を行い、その節奏に要(あ)わすれば、行列正しきを得、進退斉しきを得。故に楽は天地の命、中和の紀、人情の免るる能わざる所なり。
現代語訳
それゆえ雅・頌の音楽を聴けば、心ざしが広がる。盾と斧を手にとり、うつむき仰ぎ、かがみ伸びる舞の所作を習えば、姿かたちがおごそかになる。舞人の列と位置どりに従って動き、節回しとリズムに合わせれば、隊列が正しくなり、進み退きがそろう。だから音楽は、天地の命ずるところであり、中正と調和の大本であり、人の情としてどうしても免れることのできないものなのである。
解説
音楽と舞が人の心・姿・集団の動きをそれぞれどう整えるかを三つに分けて述べる段である。雅・頌を聴けば志が広がり、干戚(盾と斧)を持つ武舞の所作を習えば容貌が荘重になり、綴兆(舞人の列と位置)に従ってリズムに合わせれば隊列と進退がそろう。古代の舞は、宗廟の祭祀で奏される儀礼であると同時に、若者の身体と規律を鍛える教育でもあった。これが結びで「天地の命、中和の紀」とまで言われるのは、音楽が個人の感情の発露にとどまらず、天地の秩序と人の心の中正とをつなぐものと考えられていたからである。この段も『荀子』楽論篇に近い文がある。身体を型に合わせて動かす稽古が心の持ちようを変えるという考えは、武道や茶道、あるいは合唱や行進の練習にもそのまま見いだせる。
この章句が説くこと
礼記楽記舞中和稽古
関連する章句
-
荀子・楽論篇故に其の雅頌の聲を聽けば、志意(しい)廣きを得。其の干戚(かんせき)を執(と)り、其の俯仰(ふぎょう)屈伸(くっしん)を習えば、容貌莊(そう)なるを得。其の綴兆(てっちょう)を行い、其の節奏を要(もと)むれば、行列正しきを得、進退齊(ととの)うを得。故に樂なる者は、出でては征誅(せいちゅう)する所以(ゆえん)なり。入りては揖讓(ゆうじょう)する所以なり。征誅揖讓、其の義は一なり。出でて以て征誅する所以なれば、則ち聽從せざるは莫し。入りて以て揖讓する所以なれば、則ち從服せざるは莫し。故に樂なる者は、天下の大齊(だいせい)なり。中和の紀(き)なり。人情の必ず免れざる所なり。是れ先王の樂を立つるの術なり。而るに墨子之を非る、奈何せん。
-
礼記・楽記然る後に発するに声音を以てし、文(かざ)るに琴瑟を以てし、動かすに干戚を以てし、飾るに羽旄を以てし、従うるに簫管を以てす。至徳の光を奮い、四気の和を動かし、以て万物の理を著(な)す。是の故に清明は天に象り、広大は地に象り、終始は四時に象り、周還は風雨に象る。五色文を成して乱れず、八風律に従いて姦(おか)さず、百度数を得て常有り。小大相成し、終始相生ず。倡和清濁、迭(たが)いに相経と為る。故に楽行われて倫清く、耳目聡明に、血気和平にして、風を移し俗を易え、天下皆寧(やす)し。
-
礼記・楽記夫れ楽(がく)は楽(らく)なり、人情の免るる能わざる所なり。楽は必ず声音に発し、動静に形(あらわ)る、人の道なり。声音動静、性術の変、此に尽く。故に人は楽無きに耐(あた)わず、楽は形無きに耐わず。形れて道(みち)を為さざれば、乱無きに耐わず。 先王その乱を恥ず、故に雅・頌の声を制して以てこれを道(みちび)き、その声をして楽しむに足りて流れざらしめ、その文をして論ずるに足りて息(や)まざらしめ、その曲直繁瘠(はんせき)、廉肉節奏をして以て人の善心を感動するに足らしむるのみ。放心邪気をして接するを得ざらしむ、是れ先王の楽を立つるの方なり。
-
礼記・楽記楽なる者は天地の和なり。礼なる者は天地の序なり。和す、故に百物皆化す。序あり、故に群物皆別る。楽は天に由りて作り、礼は地を以て制す。制を過(あやま)てば則ち乱れ、作を過てば則ち暴なり。天地に明らかにして、然る後に能く礼楽を興す。倫を論じて患い無きは、楽の情なり。欣喜歓愛は、楽の官なり。中正にして邪無きは、礼の質なり。荘敬恭順は、礼の制なり。夫(か)の礼楽の金石に施し、声音に越(あらわ)し、宗廟社稷に用い、山川鬼神に事うるが若きは、則ち此れ民と同じくする所なり。
-
礼記・楽記楽なる者は心の動なり。声なる者は楽の象なり。文采節奏は、声の飾りなり。君子は其の本を動かし、其の象を楽しみ、然る後に其の飾りを治む。是の故に先ず鼓して以て警戒し、三歩して以て方を見(しめ)し、再び始めて以て往くを著し、復た乱して以て帰るを飭(ととの)う。奮疾すれども抜(ぬ)けず、極幽なれども隠れず。独り其の志を楽しみて其の道に厭(あ)かず、備(つぶさ)に其の道を挙げて其の欲を私せず。是の故に情見(あらわ)れて義立ち、楽終わりて徳尊し。君子は以て善を好み、小人は以て過ちを聴く。故に曰く、「民を生ずるの道は、楽を大と為す」と。
-
史記 楽書楽なる者は、情の変ずべからざる者なり。礼なる者は、理の易ふべからざる者なり。楽は同を統べ、礼は異を別つ、礼楽の説は人情を貫く。本を窮め変を知るは、楽の情なり。誠を著し偽を去るは、礼の経なり。礼楽は天地の誠に順ひ、神明の徳に達し、上下の神を降興し、而して精粗の体を凝らし、父子君臣の節を領む。是の故に大人礼楽を挙ぐれば、則ち天地将に為に昭らかならんとす。天地欣合し、陰陽相得て、万物を煦嫗覆育し、然る後に草木茂り、区萌達し、羽翮奮ひ、角觡生じ、蟄虫昭穌し、羽ある者は嫗伏し、毛ある者は孕鬻し、胎生する者は殰せずして卵生する者は殈せず、則ち楽の道焉に帰するのみ。楽とは、黄鐘大呂弦歌干揚を謂ふに非ざるなり、楽の末節なり、故に童者之を舞ふ。筵席を布き、樽俎を陳ね、籩豆を列ね、升降を以て礼と為す者は、礼の末節なり、故に有司之を掌る。楽師は声詩を辯ず、故に北面して弦す。宗祝は宗廟の礼を辯ず、故に尸に後る。商祝は喪礼を辯ず、故に主人に後る。是の故に徳成りて上り、芸成りて下る。行ひ成りて先んじ、事成りて後る。是の故に先王は上有り下有り、先有り後有りて、然る後に以て天下に制有るべきなり。楽とは、聖人の楽しむ所なり、而して以て民心を善くすべし。其の人を感ぜしむること深く、其の風を移し俗を易ふ、故に先王其の教へを著す。夫れ人に血気心知の性有りて、哀楽喜怒の常無く、感に応じて物に起こりて動き、然る後に心術形はる。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る