礼記 / 楽記
故樂也者,動於內者也;禮也者,動於外者也。樂極和,禮極順,內和而外順,則民瞻其顏色而弗與爭也;望其容貌,而民不生易慢焉。故德輝動於內,而民莫不承聽;理發諸外,而民莫不承順。故曰:致禮樂之道,舉而錯之,天下無難矣。
新字:故楽也者,動於内者也;礼也者,動於外者也。楽極和,礼極順,内和而外順,則民瞻其顔色而弗与争也;望其容貌,而民不生易慢焉。故徳輝動於内,而民莫不承聴;理発諸外,而民莫不承順。故曰:致礼楽之道,舉而錯之,天下無難矣。
書き下し
故に楽なる者は、内に動く者なり。礼なる者は、外に動く者なり。楽は和を極め、礼は順を極む。内和して外順なれば、則ち民その顔色を瞻(み)て与に争わず、その容貌を望みて、民易慢を生ぜず。故に徳輝内に動きて、民承聴せざる莫く、理外に発して、民承順せざる莫し。故に曰く、礼楽の道を致し、挙げてこれを錯(お)けば、天下難きこと無し、と。
現代語訳
それゆえ楽とは、内側に働きかけるものである。礼とは、外側に働きかけるものである。楽は和やかさをきわめ、礼は秩序にかなうことをきわめる。内が和やかで外が秩序にかなっていれば、民はその人の顔色を仰ぎ見て張り合おうとはせず、その姿かたちを遠く望んで、侮りなおざりにする心を起こさない。だから徳の輝きが内に動けば、民はつつしんで聞き従わない者はなく、道理が外に現れれば、民はつつしんで従わない者はない。それゆえ、礼楽の道をきわめ、これを取り上げて天下に施せば、天下に難しいことは何もない、というのである。
解説
前段を受けて、礼楽を身につけた為政者が民にどう作用するかを述べる。楽は内に動いて和を極め、礼は外に動いて順を極める。内に和があり外に順があるとき、民はその顔色や容貌を見ただけで争う気持ちも侮る気持ちも起こさないという。ここで説かれるのは、命令や刑罰によって民を従わせるのではなく、治める者自身の徳の輝きが自然に人を動かすという徳治の考え方である。『論語』為政篇の「これを道くに徳を以てし、これを斉うるに礼を以てすれば、恥有りて且つ格る」と響き合う。末尾の「挙げてこれを錯けば天下難きこと無し」は、礼楽を個人の修養にとどめず政治の根本に据えよという主張である。立場のある人の表情や佇まいが、言葉以上に周囲の空気を決めてしまうことは、職場や家庭でも日々経験されることである。
この章句が説くこと
礼記楽記徳治和礼楽
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