導師導古典を学びたいすべての人に

礼記 / 楽記

夫豢豕為酒,非以為禍也;而獄訟益繁,則酒之流生禍也。是故先王因為酒禮,壹獻之禮,賓主百拜,終日飲酒而不得醉焉;此先王之所以備酒禍也。故酒食者,所以合歡也;樂者,所以象德也;禮者,所以綴淫也。是故先王:有大事,必有禮以哀之;有大福,必有禮以樂之。哀樂之分,皆以禮終。樂也者,聖人之所樂也,而可以善民心,其感人深,其移風易俗,故先王著其教焉。

新字:夫豢豕為酒,非以為禍也;而獄訟益繁,則酒之流生禍也。是故先王因為酒礼,壱献之礼,賓主百拝,終日飲酒而不得酔焉;此先王之所以備酒禍也。故酒食者,所以合歓也;楽者,所以象徳也;礼者,所以綴淫也。是故先王:有大事,必有礼以哀之;有大福,必有礼以楽之。哀楽之分,皆以礼終。楽也者,聖人之所楽也,而可以善民心,其感人深,其移風易俗,故先王著其教焉。

書き下し

夫れ豕(いのこ)を豢(やしな)い酒を為るは、以て禍を為すに非ざるなり。而るに獄訟益々繁きは、則ち酒の流れ禍を生ずるなり。是の故に先王因りて酒礼を為る。壱献の礼は、賓主百拝し、終日酒を飲むも酔うことを得ず。此れ先王の酒禍に備うる所以なり。故に酒食なる者は、歓を合わする所以なり。楽なる者は、徳に象る所以なり。礼なる者は、淫を綴(とど)むる所以なり。是の故に先王は、大事有れば、必ず礼有りて以て之を哀しみ、大福有れば、必ず礼有りて以て之を楽しむ。哀楽の分は、皆礼を以て終わる。楽なる者は、聖人の楽しむ所なり。而して以て民心を善くすべし。其の人を感ぜしむること深く、其の風を移し俗を易う。故に先王其の教えを著(た)つ。

現代語訳

そもそも豚を穀物で養い酒を造るのは、禍を起こすためではない。ところが訴訟がますます増えるのは、酒に溺れる弊が禍を生むからである。それゆえ先王はこれにちなんで酒の礼を作った。一献の礼(士の飲酒の礼)では、賓客と主人が何度も拝礼を交わすので、一日中酒を飲んでも酔うことができない。これが、先王が酒の禍に備えたやり方である。だから酒食は、歓びを共にするためのものである。楽は、徳を形に表すためのものである。礼は、行き過ぎを止めるためのものである。それゆえ先王は、死喪という大事があれば必ず礼を設けて哀しみを表させ、大きな慶びがあれば必ず礼を設けて楽しみを表させた。哀しみと楽しみの程合いは、すべて礼によって締めくくられる。楽は聖人が楽しむものであり、民の心を善くすることができる。それは人を深く感動させ、風俗を移し変える。だから先王はその教えを立てたのである。

解説

酒と礼の関係から、礼楽が喜びと悲しみの双方に形を与えることを説く段である。鄭玄は、豚を養い酒を造るのは本来は祭祀や賢者のもてなしのためだが、小人が飲んで酔って暴れるので訴訟が起こると注する。そこで先王は酒の礼を作り、一献の礼では賓主が何度も拝礼を交わすので、一日飲んでも酔えない。鄭玄は一献を士の飲酒の礼、百拝を多いことのたとえと説明する。酒を禁じるのではなく、礼の手順で飲む速さを緩め、歓びを分かち合う場に保つという工夫である。「礼は淫を綴む」の「綴」を鄭玄は止める意と読む。死喪にも慶びにも礼を設け、哀しみも楽しみも礼によって締めくくる。鄭玄は、楽の官を立てて国の子弟を教えさせたことを「教えを著つ」と説明している。楽しみを禁じず、形によって節度を保つ発想は、乾杯や献杯の作法で場を保つ日本の宴席にも通じる。

この章句が説くこと

礼記楽記酒礼節度哀楽

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る