礼記 / 学記
今之教者,呻其占畢,多其訊,言及于數,進而不顧其安,使人不由其誠,教人不盡其材;其施之也悖,其求之也佛。夫然,故隱其學而疾其師,苦其難而不知其益也,雖終其業,其去之必速。教之不刑,其此之由乎!
新字:今之教者,呻其占畢,多其訊,言及于数,進而不顧其安,使人不由其誠,教人不尽其材;其施之也悖,其求之也仏。夫然,故隠其学而疾其師,苦其難而不知其益也,雖終其業,其去之必速。教之不刑,其此之由乎!
書き下し
今の教うる者は、其の占畢(せんぴつ)を呻(ぎん)じ、其の訊(と)いを多くし、言は数に及び、進みて其の安きを顧みず、人をして其の誠に由らしめず、人を教うるに其の材を尽くさず。其の之を施すや悖(もと)り、其の之を求むるや佛(もと)る。夫れ然り、故に其の学を隠(いと)いて其の師を疾(にく)み、其の難きに苦しみて其の益を知らざるなり。其の業を終うと雖も、其の之を去ること必ず速やかなり。教えの刑(な)らざるは、其れ此れに由るか。
現代語訳
今の教師は、手にした竹簡の文字をただ読み上げ、難しい問いを多く投げかけ、口を開けば「これには法則がある」と型のことばかりを言い、先へ先へと進めて学ぶ者が理解して落ち着いているかを顧みない。学ぶ者に誠意をもって取り組ませず、人を教えるのに持てる道を出し惜しみする。その教え方は道理に反し、学ぶ者に求めることも筋が通らない。そうであるから、学ぶ者は学んだことを疎んじて師を憎み、難しさに苦しむばかりでその益を知らない。たとえ課程を終えても、すぐに学んだことを捨て去ってしまう。教育が実を結ばないのは、まさにこれが原因であろう。
解説
前段までの理想に対して、当時の悪い教師の姿を具体的に挙げた段である。鄭玄は「占畢」を視ている竹簡の意とし、師自身が経の意味を理解せず、書かれた字をただ吟誦して難問ばかりを出すさまだと注した。「言は数に及ぶ」も、要点から入らず、何かにつけ法則や型を持ち出すことだという。さらに進度ばかりを急いで理解を確かめず、学ぶ者の誠を引き出さず、教える側が持てるものを出し惜しむ。その結果、学ぶ者は学問を嫌い師を憎み、課程を終えればすぐに忘れる。鄭玄は結びの「刑」を「成る」の意に読む。耳の痛い指摘だが、二千年以上前の言葉が、詰め込みと試験対策に偏った教育の弊をそのまま言い当てている。研修や引き継ぎの場で、自分が「占畢を呻ずる」側になっていないか、振り返る材料になる。
この章句が説くこと
礼記学記教師詰め込み教育
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