礼記 / 学記
記問之學,不足以為人師。必也其聽語乎,力不能問,然後語之;語之而不知,雖舍之可也。良冶之子,必學為裘;良弓之子,必學為箕;始駕馬者反之,車在馬前。君子察於此三者,可以有志於學矣。
新字:記問之学,不足以為人師。必也其聴語乎,力不能問,然後語之;語之而不知,雖舎之可也。良冶之子,必学為裘;良弓之子,必学為箕;始駕馬者反之,車在馬前。君子察於此三者,可以有志於学矣。
書き下し
記問(きもん)の学は、以て人の師と為るに足らず。必ずや其れ語(ご)を聴かんか。力問うこと能わずして、然る後に之に語(つ)ぐ。之に語げて知らざれば、之を舎(お)くと雖も可なり。良冶(りょうや)の子は、必ず裘(きゅう)を為(つく)ることを学び、良弓の子は、必ず箕(き)を為ることを学ぶ。始めて馬に駕する者は之に反し、車は馬の前に在り。君子此の三者を察すれば、以て学に志有るべし。
現代語訳
暗記した問答を並べるだけの学問では、人の師となるには足りない。師たる者は、必ず相手の問いを聴いてから語るべきであろう。学ぶ者が力及ばず問うことさえできないときに、はじめてこちらから語って聞かせる。語って聞かせてもわからないなら、しばらくそのまま置いておいてもよい。腕のよい鍛冶の子は、まず皮衣(裘、きゅう)を縫い継ぐことを学ぶ。腕のよい弓作りの子は、まず柳の箕(き、ちりとり)を編むことを学ぶ。初めて馬を車につなぐときは、ふつうとは逆に、子馬を車の後ろにつないで、車が馬の前を行くようにして慣らす。君子がこの三つのことをよく察するならば、学問に志をもつことができる。
解説
師の資格と、学びの入り方を述べた段である。鄭玄は「記問の学」を、あらかじめ雑多な問答を暗誦しておき、講義の場で並べてみせるものと注し、そうした師は自分でも心から理解していないことがあると指摘する。本当の師は、相手の問いを待って語り、問えないほど力が足りないときに初めて自分から語る。わからなければ無理に押し込まず、時を待つ。後半の三つのたとえについて、鄭玄は、鍛冶の子は家で金属の器を柔らかくして継ぎ合わせるのを見慣れているので、皮を縫い合わせる裘作りから入り、弓作りの子は角や幹を撓めるのを見慣れているので、柳を撓めて編む箕作りから入る、と説明する。子馬も車の後ろにつないで慣らしてから引かせる。いきなり本業に取りかからせず、見慣れたことの延長から一歩ずつ入らせる。新人を迎える職場にも、そのまま当てはまる育て方である。
この章句が説くこと
礼記学記師段階見習い
関連する章句
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礼記・学記君子既に教えの由りて興る所を知り、又教えの由りて廃るる所を知りて、然る後に以て人の師と為るべきなり。故に君子の教うるや喩(さと)すなり。道(みちび)きて牽(ひ)かず、強(つと)めしめて抑えず、開きて達せず。道きて牽かざれば則ち和し、強めしめて抑えざれば則ち易く、開きて達せざれば則ち思う。和易にして以て思わしむ、善く喩すと謂うべし。
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礼記・学記君子は学に至るの難易を知りて、其の美悪を知り、然る後に能く博く喩す。能く博く喩して、然る後に能く師と為る。能く師と為りて、然る後に能く長と為る。能く長と為りて、然る後に能く君と為る。故に師なる者は、君たることを学ぶ所以なり。是の故に師を択ぶは慎まざるべからざるなり。記に曰く、「三王四代は唯(た)だ其の師なり」と。此れの謂いか。
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礼記・学記善く学ぶ者は、師逸(いつ)にして功倍し、又従いて之を庸(こう)とす。善く学ばざる者は、師勤めて功半ばにして、又従いて之を怨む。善く問う者は堅木を攻むるが如く、其の易き者を先にし、其の節目を後にす。其の久しきに及びてや、相説(よろこ)びて以て解く。善く問わざる者は此れに反す。善く問いを待つ者は、鐘を撞(つ)くが如し。之を叩くに小なる者を以てすれば則ち小さく鳴り、之を叩くに大なる者を以てすれば則ち大いに鳴る。其の従容(しょうよう)を待ちて、然る後に其の声を尽くす。善く問いに答えざる者は此れに反す。此れ皆学を進むるの道なり。
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礼記・学記学ぶ者に四失有り、教うる者必ず之を知る。人の学ぶや、或いは多きに失し、或いは寡(すく)なきに失し、或いは易きに失し、或いは止まるに失す。此の四者は、心の同じきこと莫(な)ければなり。其の心を知りて、然る後に能く其の失を救う。教うるなる者は、善を長じて其の失を救う者なり。 善く歌う者は、人をして其の声を継がしめ、善く教うる者は、人をして其の志を継がしむ。其の言や約にして達し、微にして臧(よ)く、譬(たと)えを罕(まれ)にして喩(さと)す、志を継がしむと謂うべし。
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礼記・学記凡そ学の道は、師を厳(とうと)ぶを難しと為す。師厳くして然る後に道尊く、道尊くして然る後に民学を敬することを知る。是の故に君の其の臣を臣とせざる所の者二つ。其の尸(し)と為るに当たりては則ち臣とせず、其の師と為るに当たりては則ち臣とせざるなり。大学の礼は、天子に詔(つ)ぐと雖も北面すること無し。師を尊ぶ所以なり。
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礼記・学記今の教うる者は、其の占畢(せんぴつ)を呻(ぎん)じ、其の訊(と)いを多くし、言は数に及び、進みて其の安きを顧みず、人をして其の誠に由らしめず、人を教うるに其の材を尽くさず。其の之を施すや悖(もと)り、其の之を求むるや佛(もと)る。夫れ然り、故に其の学を隠(いと)いて其の師を疾(にく)み、其の難きに苦しみて其の益を知らざるなり。其の業を終うと雖も、其の之を去ること必ず速やかなり。教えの刑(な)らざるは、其れ此れに由るか。
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