礼記 / 学記
君子既知教之所由興,又知教之所由廢,然後可以為人師也。故君子之教,喻也,道而弗牽,強而弗抑,開而弗達。道而弗牽則和,強而弗抑則易,開而弗達則思;和易以思,可謂善喻矣。
新字:君子既知教之所由興,又知教之所由廃,然後可以為人師也。故君子之教,喩也,道而弗牽,強而弗抑,開而弗達。道而弗牽則和,強而弗抑則易,開而弗達則思;和易以思,可謂善喩矣。
書き下し
君子既に教えの由りて興る所を知り、又教えの由りて廃るる所を知りて、然る後に以て人の師と為るべきなり。故に君子の教うるや喩(さと)すなり。道(みちび)きて牽(ひ)かず、強(つと)めしめて抑えず、開きて達せず。道きて牽かざれば則ち和し、強めしめて抑えざれば則ち易く、開きて達せざれば則ち思う。和易にして以て思わしむ、善く喩すと謂うべし。
現代語訳
君子は、教育が盛んになるもとを知り、また教育が廃れるもとを知って、はじめて人の師となることができる。だから君子の教え方は、さとして導くことにある。道筋を示して導くが、無理に引っぱらない。励まして努めさせるが、押さえつけない。糸口を開いてやるが、答えまで言い尽くさない。導いて引っぱらなければ、師弟の間は和やかになる。励まして押さえつけなければ、学ぶことがたやすくなる。糸口を開いて言い尽くさなければ、学ぶ者は自ら考える。和やかで、たやすく、しかも自ら考えさせる。これこそよくさとす教え方といえる。
解説
前段の興廃の理を踏まえ、師たる者の教え方の要を三つの対句で示した段である。「道きて牽かず、強めしめて抑えず、開きて達せず」は、学記のなかでも最もよく知られた句の一つである。鄭玄は「道」を進むべき道筋を示すこと、「開」を物事の端緒を発してやることと注し、結びに「思いて之を得れば則ち深し」と添えている。自分で考えて得たものほど深く身につくという理解である。引っぱれば反発を招き、押さえつければ学ぶことが苦になり、答えまで言えば考える余地がなくなる。教える側が一歩引くことで、和やかさ、取り組みやすさ、考える力の三つが同時に生まれるという見立ては、『論語』述而篇の「一隅を挙げて三隅を以て反らざれば、則ち復びせず」とも通う。部下の指導でも子育てでも、どこまで言い、どこで言葉を止めるかの加減が問われる。
この章句が説くこと
礼記学記導く喩す教師
関連する章句
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礼記・学記記問(きもん)の学は、以て人の師と為るに足らず。必ずや其れ語(ご)を聴かんか。力問うこと能わずして、然る後に之に語(つ)ぐ。之に語げて知らざれば、之を舎(お)くと雖も可なり。良冶(りょうや)の子は、必ず裘(きゅう)を為(つく)ることを学び、良弓の子は、必ず箕(き)を為ることを学ぶ。始めて馬に駕する者は之に反し、車は馬の前に在り。君子此の三者を察すれば、以て学に志有るべし。
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礼記・学記善く学ぶ者は、師逸(いつ)にして功倍し、又従いて之を庸(こう)とす。善く学ばざる者は、師勤めて功半ばにして、又従いて之を怨む。善く問う者は堅木を攻むるが如く、其の易き者を先にし、其の節目を後にす。其の久しきに及びてや、相説(よろこ)びて以て解く。善く問わざる者は此れに反す。善く問いを待つ者は、鐘を撞(つ)くが如し。之を叩くに小なる者を以てすれば則ち小さく鳴り、之を叩くに大なる者を以てすれば則ち大いに鳴る。其の従容(しょうよう)を待ちて、然る後に其の声を尽くす。善く問いに答えざる者は此れに反す。此れ皆学を進むるの道なり。
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