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礼記 / 少儀

受立,授立不坐。性之直者則有之矣。始入而辭,曰:「辭矣」。即席,曰:「可矣」。排闔說屨於戶內者,一人而已矣。有尊長在則否。問品味曰:「子亟食於某乎?」問道藝曰:「子習於某乎?」、「子善於某乎?」不疑在躬,不度民械,不願於大家,不訾重器。泛掃曰掃,掃席前曰拚;拚席不以鬣。執箕膺擖。不貳問。問卜筮曰:「義與?志與?」義則可問,志則否。

新字:受立,授立不坐。性之直者則有之矣。始入而辞,曰:「辞矣」。即席,曰:「可矣」。排闔説屨於戸内者,一人而已矣。有尊長在則否。問品味曰:「子亟食於某乎?」問道芸曰:「子習於某乎?」、「子善於某乎?」不疑在躬,不度民械,不願於大家,不訾重器。泛掃曰掃,掃席前曰拚;拚席不以鬣。執箕膺擖。不貳問。問卜筮曰:「義与?志与?」義則可問,志則否。

書き下し

受くるに立ち、授くるに立ちて坐せず。性の直き者は則ち之有り。始めて入りて辞すれば、「辞せり」と曰う。席に即けば、「可なり」と曰う。闔(こう)を排して屨を戸内に説(ぬ)ぐ者は、一人のみ。尊長在れば則ち否(しか)らず。品味を問うには「子亟(しばしば)某を食するか」と曰う。道芸を問うには「子某を習うか」「子某を善くするか」と曰う。躬(み)に疑うことをせず、民の械を度らず、大家を願わず、重器を訾(はか)らず。泛(ひろ)く掃うを掃と曰い、席前を掃うを拚(ふん)と曰う。席を拚うに鬣(りょう)を以てせず。箕を執るには擖(ぜつ)を膺(むね)にす。問いを貳(ふたた)びせず。卜筮を問うには、「義か、志か」と曰う。義なれば則ち問うべく、志なれば則ち否ず。

現代語訳

立っている人から物を受けるときは自分も立ち、立っている人に渡すときも立ったままで坐らない。ただし、背の低い尊者に対しては、生まれつき背の高い者が跪いて授受することもある。客と主人が初めて入るときに譲り合うと、取り次ぎの擯者(ひんじゃ)が「ご辞退はもう十分です」と言う。席に着くときに譲り合えば「もうよろしいでしょう」と言って止める。戸を押し開けて部屋の内で履物を脱ぐのは、その中で最も尊い者一人だけである。尊長がいれば、ほかの者はそうしない。相手の好む味を尋ねるときは「あなたはよく何々を召し上がりますか」と言う。道や技芸を尋ねるときは「あなたは何々を習っておられますか」「何々がお得意ですか」と言う。自分の知らないことを行って、身を疑わしい立場に置かない。人の家の道具や武器をあれこれと見積もらない。大きな家の富をうらやまない。人の大切な器物を値踏みしない。広く掃除することを「掃」といい、席の前だけを掃くことを「拚」(ふん)という。席を掃くのに箒を使わない。塵取りを持つときは、その口を自分の胸の方に向ける。卜いでは同じことを二度問わない。卜筮を頼みに来た者に、卜官は「正しい事ですか、私の思いですか」と尋ねる。正しい事であれば卜ってよく、私的な思いであれば卜わない。

解説

物の受け渡し、部屋への入り方、人への尋ね方、掃除の作法、卜筮の心得を並べた段である。人の好みを尋ねるときに「何が好きか」と言わず「よく何々を召し上がるか」と言い、技芸を尋ねるときも「上手か」ではなく「習っておられるか」と言うのは、相手に断定や自慢を強いず、答えやすい形で問う配慮である。人の家の道具を見積もらず、大きな家をうらやまず、他人の宝を値踏みしないという戒めは、財物に向ける目の卑しさを退けるものである。卜筮について、鄭玄は、心を正して吉凶を問うべきで、同じことを二度問わず、正しい事なら問い私意なら問わないのは卜官が来た者に確かめることだと解する。占いに頼る前に、その問いが正しい事か自分の欲かを問えという教えは、重大な判断を人に相談するときにもそのまま使える。

この章句が説くこと

礼記少儀問い方卜筮謙譲

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