礼記 / 大伝
上治祖禰,尊尊也;下治子孫,親親也;旁治昆弟,合族以食,序以昭繆,別之以禮義,人道竭矣。 聖人南面而聽天下,所且先者五,民不與焉。一曰治親,二曰報功,三曰舉賢,四曰使能,五曰存愛。五者一得於天下,民無不足、無不贍者。五者一物紕繆,民莫得其死。
新字:上治祖祢,尊尊也;下治子孫,親親也;旁治昆弟,合族以食,序以昭繆,別之以礼義,人道竭矣。 聖人南面而聴天下,所且先者五,民不与焉。一曰治親,二曰報功,三曰舉賢,四曰使能,五曰存愛。五者一得於天下,民無不足、無不贍者。五者一物紕繆,民莫得其死。
書き下し
上は祖禰(そでい)を治むるは、尊を尊ぶなり。下は子孫を治むるは、親を親しむなり。旁らは昆弟を治め、族を合するに食を以てし、序するに昭繆(しょうぼく)を以てし、之を別つに礼義を以てして、人道竭(つ)く。 聖人南面して天下を聴くに、且(まさ)に先んぜんとする所の者五あり、民は与(あずか)らず。一に曰く親を治む、二に曰く功に報ゆ、三に曰く賢を挙ぐ、四に曰く能を使う、五に曰く愛を存す。五者一つも天下に得れば、民足らざる無く、贍(た)らざる無し。五者一物も紕繆(ひびゅう)すれば、民其の死を得ること莫し。
現代語訳
上に向かっては祖父と父の祭りを正しく整える。これは尊い者を尊ぶことである。下に向かっては子や孫を正しく導く。これは親しい者を親しむことである。傍らに向かっては兄弟を正しく扱い、一族を集めて食事をともにし、昭穆(しょうぼく、世代の順)によって序列を立て、礼と義によって区別をつける。これで人の道は尽くされる。 聖人が南を向いて天下の政を聴くとき、何よりも先に行うことが五つあり、民の事柄はまだそこに含まれない。第一は親族を正しく治めること、第二は功臣の功に報いること、第三は賢者を登用すること、第四は能力ある者を用いること、第五は仁愛ある者を見きわめることである。この五つが一つでも天下に行われれば、民は足りないということがなく、乏しいということもない。この五つのうち一つでも誤れば、民は天寿を全うして死ぬことができなくなる。
解説
この章句が説くこと
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