礼記 / 明堂位
君卷冕立於阼,夫人副褘立于房中。君肉袒迎牲于門;夫人薦豆籩。卿、大夫贊君,命婦贊夫人:各揚其職。百官廢職服大刑,而天下大服。 是故,夏礿、秋嘗、冬烝,春社、秋省而遂大蜡,天子之祭也。
新字:君巻冕立於阼,夫人副褘立于房中。君肉袒迎牲于門;夫人薦豆籩。卿、大夫賛君,命婦賛夫人:各揚其職。百官廃職服大刑,而天下大服。 是故,夏礿、秋嘗、冬烝,春社、秋省而遂大蜡,天子之祭也。
書き下し
君は巻冕(けんべん)して阼に立ち、夫人は副褘(ふくい)して房中に立つ。君は肉袒して牲を門に迎え、夫人は豆籩(とうへん)を薦む。卿・大夫は君を賛(たす)け、命婦は夫人を賛く。各々其の職を揚ぐ。百官職を廃すれば大刑に服し、而して天下大いに服す。 是の故に、夏の礿(やく)、秋の嘗、冬の烝、春の社、秋の省(せい)、而して遂に大蜡(たいさ)するは、天子の祭なり。
現代語訳
祭の日、魯の君は竜を描いた礼服と冕を着けて阼階の上に立ち、夫人は副(髪飾り)をつけ褘衣(雉の模様の礼服)を着て房の中に立つ。君は肌脱ぎになって門で牲を迎え、夫人は豆と籩の供え物を捧げる。卿や大夫は君を助け、命婦(位を授かった婦人)は夫人を助け、それぞれ自分の職務を立派に果たす。百官のうち職務を怠った者は重い刑に服し、こうして天下は大いに服従した。 このようなわけで、夏の礿の祭、秋の嘗の祭、冬の烝の祭、春の社の祭、秋の省(収穫を検分する祭)、さらに年末の大蜡の祭を行うのは、天子の祭の形である。
解説
魯の大廟での祭における君と夫人、臣下たちの役割を述べ、さらに魯が四季の祭と大蜡まで天子と同じ形で行ったことを記す段である。君は肌脱ぎになって自ら牲を迎え、夫人は供え物を捧げ、卿大夫と命婦がそれぞれを助ける。君と夫人が祭において対になって務めを果たすのは、祭統篇などにも見える、夫婦が共に祖先に仕えるという考えである。「各々其の職を揚ぐ」と、関わる者がそれぞれの持ち場を立派に果たすことが祭の成否を決め、職務を怠った者には重い刑が科されたという。後段の礿・嘗・烝や大蜡は、郊特牲篇で述べられた祭と重なるもので、魯がこれらを天子の祭として行ったことを強調している。一つの大きな行事を成功させるために、それぞれが自分の持ち場で力を尽くすという点は、今の組織の仕事にも通じる。
この章句が説くこと
礼記明堂位職分祭祀魯
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